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行ってみたくない所その1

いくら考えても行ってみたい所がなくなったので(やっぱ海外意識うすいな)、今回から
「自分では行きたくないけど、どうしてもというなら一緒に行く?」
ぐらいの基準で書いてみました。 

 マリアナ諸島の島の一つにアナタハン島というのがあって(サイパン島の近く)、歴史的にあまり知られていない事件の舞台である。なんと言えばいいのか、映画で言えば「蠅の王」か「バトルロワイヤル」といった所か。
 昭和19年、軍に徴用された複数の漁船がアナタハン島沖で米軍機の空襲を受け、乗っていた30人の軍人と漁師がアナタハン島に流れ着いた。そこには戦前から日本企業によるヤシ林の経営が行われていて、民間人の日本人女性比喜和子と農園技師の日本人男性1人がいた。和子には夫がいたが、行方不明になっており、農園技師とつき合っていた。原住民もいたが島が空襲を受けるなか原住民はアメリカ軍に連れて行かれ、または逃げだし、最後には一人もいなくなっていた。
 男30人に女が一人。おまけに戦時中という人間性が失われる時代のなか、この島を狂気が包んだ。
 当然食料が必要になる。和子らは農園で30人もの男を食べさせたが、長くは持たなかった。1ヶ月もすると食糧が底をついたため、男たちはグループに分かれて里芋の栽培などを始めた。生きるためには彼らはネズミでもコウモリでも何でも食べた。が、全ての行動には「米軍に見つからないように」という制限があった。
 昭和20年8月18日、戦争が終結を向かえるが彼らは知るよしもない。相変わらずの生活を送っていた。が、空爆がなくなる事で生活に余裕がでてきていた。夜に宴会をひらく事もあったようだ。その中で農園技師と和子が夫婦でない事がわかってしまう。奇妙な空気の中、昭和21年の8月に墜落したB-29を発見する。機の中から缶詰が回収される。これだけなら良かったのだが、2人の男が銃を手に入れる。しばらくすると、その2人と中の悪かった男が変死した。「木から落ちた」という事だったが、目撃者はこの2人しかいなかった。
 その後和子は、ある男と駆け落ちし逃げるが簡単に発見されてしまう。それ以降、男たちの和子争奪戦が激化する。ピストル2人組の一人がに和子に迫るようになった。そしてなぜかその後、農園技師、銃を持っている2人組と和子の4人で暮らすようになる。もちろん、そんな関係は長く続かない。銃を持っている2人組が仲違いをし、一人がもう一人を射殺。それにビビッタ農園技師は和子を銃を持つ男に譲る。ところが3ヶ月、この銃をもった男が行方不明になる。殺された証拠はないが、その直後農園技師と和子が復縁をする。
 半年ほどして今度は農園技師が変死する。和子とA男によると、「農園技師は食中毒で死んだ。」ということになっていたが、死んだ2人のピストルを所有していたA男が農園技師を射殺した疑いが強いといわれている。
 変死がつづく中、A男が不審な溺死を遂げる。「波にさらわれた」という事になっているが、死体は見つかっていない。もはや「銃をもつ男が和子を所有する」みたいな式図が出来ていた。これを見かねた長老各の男が全員を集め
「和子さんに男を一人選んでもらって、みんなで祝福しよう。そして銃は壊して海に捨てよう」
と提案。すごい理性的な感じがするけど、考えれば考える程異常な状態である。和子は駆け落ちをした男を選んで、一件落着した。アメリカ軍が降伏を勧告するビラを撒き始める頃であった。
 ビラを読んでも、彼はそれを信じる事が出来ない。周辺の島で不発弾の処理が行われていて、その音が彼らに「まだ戦争は終わっていない。ビラはアメリカ軍の作戦にちがいない」と思わせていた。
 翌年の昭和25年6月、爆発音が止む。皆、おかしいと思っただろうが、確認する勇気も手段もなかった。そしてまたアメリカ軍の船が島にやって来た。この時、いつものように逃げる皆とは反対に、和子だけは船に近づいて行って、島から脱出した。彼女はもうこの状況には限界だったのだ。その船はアメリカ軍の船だったが、日本人も乗っており、アナタハン島の残留日本人救出の目的でやって来たものであった。和子は28歳になっていた。
 出船の日本人らと和子は置手紙と日本の新聞などを残していったが、それでもなお島に残った男たちは終戦を信じようとはしなかった。
 和子がいなくなってから2ヶ月後の8月、和子と結婚し男が病死する。6月にアメリカの飛行艇がビラを撒いていった。ビラには「2、3日中にご家族から皆さんへの手紙をお届けします。」と書かれていた。数日後に手紙が届く。その手紙にはマッカーサーと昭和天皇が並んで写っている新聞も入っいた。彼が終戦を理解する瞬間だった。6月14日、男たちはアメリカ軍が来たら投降しようと話し合う。6月26日、アメリカ軍の飛行機が「6月30日に迎えの船をよこす」と書いたビラを撒く。生き残った19人は身を整え、7年にも及ぶ島の生活に別れを告げた。
 昭和27年、和子のアナタハン島での生活はワイドショー的に報道され、日本国内で空前の「アナタハンブーム」となった。和子は男を惑わす女として紹介された。そして「アナタハン島の真相はこれだ」という映画がなんと、和子本人主演で撮影され、公開された。

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 この事件は「極限状態に置ける人間の行動」が興味を引く。「蠅の王」では孤島に飛行機で不時着した少年たちが野性に目覚め殺りくをくり返す物語なんだけど、秩序の崩壊を通して人間のあり方を描いている。僕はこの事件を知ったとき、素直に
「よく最後の一人までの殺し合いにならなかったなあ」
と思った。和子に人生を思うと考え深いものがあるが、あの修羅場をくぐった訳だからきっと強い人間だったに違いない。帰国して分かった事で、和子の行方不明になっていた本当の夫は再婚していたのだ。それを乗り越え映画に出ちゃうぐらいだから、きっとたくましい女性だったのだろう。映画出演のあとでは「アナタハンの女王」という芝居の主役とし全国を奉行。昭和33年には故郷に帰り49年に脳腫瘍で亡くなっている。

ちなみに島には火山があって、。2003年5月と2005年4月6日に大規模な噴火を起こし、島民は再び避難しているらしい。誘わないでね。

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Comments

u@9 | 2006/2/19 23:01

これのDVDないの?
観たい!

雪@6 | 2006/2/20 13:47

俺も調べたけど何しろビデオデッキもない時代だからね。映画といっても見せ物みたいなものだったのかな。

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yesno
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