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 いつもの様に新聞のコラム欄を読んでいてら、くしくもあじろ〜日記と同じく「雨」についての話題だった。さすがあじろ〜日記。大手新聞の先をこしちゃうなんて!
 で、そのコラムに書いてあったことがとても興味深かった。日本語には「雨」の名前がたくさんあるという話だった。降りかた、降る時期、地方等によって色々と面白い名前があるのだ。

☆卯の花腐し(うのはなくたし)
卯の花の咲く頃、降り続ける長雨で白い花が痛むのでこう呼ぶ。夏を告げる雨。
☆青葉雨(あおばあめ)
青葉を濡らす雨。「翠雨(すいう)」ともいう。青葉から雨が滴る様は「青葉時雨」。
☆送り梅雨
梅雨が明ける頃の雷雨の事
☆天泣(てんきゅう)
空に雲がないのに細かい雨が降ってくる。
☆雨夜の月(あまよのつき)
雨の夜は雲に覆われて月が見えない。会えない恋人のたとえでもある。
☆小糠雨(こぬかあめ)
霧のように煙のように降る細かい雨。
☆銀箭(ぎんせん)
「箭」は矢のこと。夕立を銀の矢が降る様に見立ている。
☆男梅雨☆女梅雨
ザーッと降ってさっと上がる梅雨は男梅雨。
いつまでも降り続く梅雨は女梅雨。

とたくさんの個性的な名前がある。これは恐らく日本だけのもので、日本語の奥深さと表現力の高さを感じた。思えば日本は水の国なので、雨の様子に面白い名前を付けるのはある意味では当たり前の事かも知れない。どれにもちょっとした遊び心があって、その地域の生活に想いを馳せさせてくれる。

タラコの歌はホラーである。

 最近はやりのキューピーのタラコの歌が聞いていて気持ちが悪い。有線で流れているので、気づかないうちに聞いてしまい、怖い思いをしている。とにかく歌詞が怖い。

気が付けば窓の外
気が付けば家の中
気が付けば肩の上
気が付けば皿の上
気が付けば口の中
気が付けば夢の中

という歌詞がたタ〜ラコーの間に入っている。その歌詞だけを読んでいたら本当にホラー映画じゃないか。おまけに歌っているのが子供なので余計に怖い。どう贔屓目に考えてもオーメンシリーズと立ち居地が一緒じゃないか!なんだか迫りくるような恐怖感があって、童謡の「かごめかごめ」と同じような不気味さもある。
 怖い音楽の代表といえば、音で距離感まで表現してしまった映画「ジョーズ」で人間が襲われる時の音楽である。このタラコの歌はどっちかというと和的な恐怖感があって、ジワジワと追い込まれる感覚。さらに子供が歌っていることがその不気味さに拍車をかけていて、出来れば夜には聞きたくない。おそらく同じように思っている人もいるはずなのに、売れちゃっているらしい。不思議だ。

この時にこの曲

 とある部屋に若い女性が一人。誰かを待っている様子。壁に掛けられた時計に目をやる。真夜中までもう少し。
 同じ頃、タクシーに飛び乗る若い男性。大事に抱える箱の中にはクリスマス・ケーキ。腕時計に目をやる。真夜中までもう少し。
「運転手さん、急いで下さい」
 彼女は窓から顔を出し月を眺める、彼もタクシーの窓から月を眺める。バックに Six Pence None The Richer の「Kiss Me」が流れる。 
 
 昔流行ったドラマで「アリーmy love」というのがあって、そのドラマの主人公アリーは自分のテーマ曲を持っていた。ツライ時や泣き出しそうな時にその曲を思い出して自分を元気づけていた。さすがに僕には自分のテーマ曲はないけど、ふとした瞬間に頭に流れる曲があって、それは OASIS の 「CAST NO SHADOW」という曲。一人でコレを聞くとウルウルしてしまう困った一曲である。
 上記のクリスマスの恋人たちの様に僕らの人生の場面場面にもバックに流れる歌があればとてもドラマチックになるだろう。それを考えると結構楽しくて、試合前にはベタだけどロッキーのテーマを流したり、QUEENの「WE WILL ROCK YOU」を流したりと、いい感じの演出ができそう。ま、人生は格好いいだけではないから、時には笑点の音楽も鳴らさなければならない。 この間撮った映像に音楽をのせればそれこそいい映像になるかもしれない。

 

9.11の正体

 5年前に同時多発テロが起きた時、僕は仕事中だった。同僚に「戦争になった」と聞かされ、仕事そっちのけでyahooニュースを何度もクリックした。ニュースはなかなか更新されず、戦争という良くわからないけどとりあえずいい気はしなくて、正体のない不安を抱いた。
 家に帰ってからTVをつけても混乱は続いていた。ビルに飛行機が突っ込むあの映像が繰り返しながされた。軍事アナリストの人が感想を聞かれ
「いや、テロリストは良くやりましたよ。アメリカ本土が攻撃されたのは今回が初めてですからね」
とコメントし、周りを凍り付かせた。みんな混乱していのたのだ。犯行声明が出されてからはイラクの子供達が喜び騒ぐ映像が流され、まるで攻撃の成功を祝っているかの様な印象を与えた。後に分かったのだがその映像はイラクでの地方での祭りの様子で、攻撃とはまったく関係のない映像だった。みんな混乱していたのだ。
 遥か遠い国での出来事ながら、そのインパクトはとても大きな物だった。僕らが享受する平和は世界中の色んな物事が微妙なバランスを保ちながら支え合う土台の上に乗っていて、決して当たり前にある安いものではなかった。飛行機がビルに突っ込むあの映像はスピルバーグやルーカスでも作れないぐらいにリアルで、僕らは悪意と憎悪が本当に存在し、人々が窓から身体を投げ出す度にその横顔を見た気がした。
 とはいえ起こったのは日本からは程遠いアメリカ。直接的な恐怖や痛みはなく、不謹慎だけど
「すごい映像をみた」
という人には言えない妙な興奮と
「世界はこれからどうなるのだろう」
という得体の知れない不安があるだけだった。

 あれから5年も経ち、いよいよ9.11を語る自由が生まれようとしている。発生直後は愛国心という大きな建前があって、誰もが周りの顔色を伺いながら団結、愛国心、博愛、自由、人道、命の尊さを語った。それも一段落し、今年から9.11に関するドラマや映画が登場する。9.11での金儲けが始まった。
 付き合いのある映画買い付け業者の人から聞いた話でこんなのがある。今最も買われている映像は映画ではなく、9.11関係の映像である。これはプロだろうがアマだろうが関係ない。アメリカは監視社会でビックリするほど監視カメラが多くて、それらの映像がどんどん流出しているのだ。誰もが見たことのない映像もたくさんあるという。だが、どうしても買えないものがあって、それはペンタゴンの映像だそうだ。写っちゃいけないものがあったのか・・・という話が多いようだ。さらにWTCのタワーが崩れる映像をプロに見せると、
「ビルを解体する時と同じ。爆発させているとしか思えない」
という風に見えるんだそうだ。アメリカではこの陰謀論がどんどん大きくなっているらしく、ブッシュは何を狙っているんだ?という話も出ているらしい。

 9.11の事件は近代の歴史でもっとも大きなものだ。現代社会に置ける経済の象徴であるWTCが崩れていく様は、それこそこの世が崩れていく姿を思い起こさせた。誰もが明日からは同じ生活が出来ないかも知れない、日本も戦争に巻き込まれるかも知れない、ひょっととしたらこの世の終わりが来るかもしれないと思った。あれから5年もの時間がたって、当時危惧していた世の中になったかどうかは判断に困る所だ。世の中はそこまで変わっていない気もするし、いややっぱり悪くなっているなあ、と感じる。
 

撤収完了

 ついに今日で設営、撤収が終わりました。面倒な事に参加して僕らのミスを嫌な顔もせずに被ってくれた色んな方々に感謝します。ありがとうございます。
 チームというのは多くの人が集まって成り立っているわけで、誰もがチームに対してある程度の責任があると僕は思う。運営、管理、会計、代表、とそれぞれ役割分担があって、仕事をやってくれている人のおかげで僕らは楽しくボールが蹴れるのです。それらの人たちに感謝しつつ、出来るだけよ協力をしないといけません。僕らのフットサルはたしかに趣味だが、だからと言って何かを「誰かがやってくれるから」と適当に出来る訳でもないし、普段の生活と同じレベルで考えるべきだと思います。こういったことがまた起こらないように、気を付けたいと思います。チームとしての責任もあるけど、個人としての責任もある。気を付けよう。
 

お疲れ様です。

 いやー、試合っていいですね。それも勝った試合だと尚更いい。今回は得点源の@20がいなかったけど何とか顔向けできる結果になってよかった。とはいえ反省点も多いので、次戦までに調整しましょう。個人的には第1失点目の原因にもなっているので、反省です。でもまあ、一番良かったのは2点リードされても沈まなかった精神と、実力が拮抗している相手になんとか競り勝てた所かな。この雰囲気でこれからも行きたい。

縁起担ぎ

 世の中に縁起担ぎをする人は案外多い。家からでる時の足を右にするとか、試合前に特定の食べ物を食べるとか、特定の色の何かを身につけるとか、勝負の世界に生きる人には特に多い。超一流の選手でも縁起担ぎをするから、何かを突き止めるその先に自分の実力では計れない何かに頼りたくなるのであろう。どんな技術を磨いて実力を育てても、運の要素は絶対にあるから、ある意味当たり前なのかも知れない。
 僕らレベルでもきっとやっている人はいるだろう。勝ちたいという気持ちはどのレベルでも共通だからね。でも、僕みたいなタイプは全くしない。多分みんなの予想通りだろうけど。ま、例え何かをしても
「お前は他にやることがあるだろ?」
と言われるのが目に見えているし。と言うことで明日は勝つ!何にもすがらずに勝つ!普通に勝つ!

電車

 今日は出張、東京での会議に出席した。僕はリフティングと同じぐらいに電車が苦手で、毎日電車に長時間揺られ長い距離を移動する人を素直に尊敬します。恐らくみなさんは僕何かより精神的に強いハズだ。
 学生の頃から僕の中では「移動時間ほど無駄なものはない」という考えがあって、将来仕事につく時には都内に電車で出るような仕事はできればしたくないと思っていた。通勤時間で往復2時間もかかれば、それこそ一週間で14時間という事で、一年でいうと730時間という事になる。およそ30日という事で、一ヶ月丸ごと電車に乗っているわけじゃん!なんて無駄な計算をしていた。今になっては仕事とはそんな簡単な事で決められるモノではない、とは思いながらも未だ電車を嫌う僕である。
 海外ではラッシュ時にすし詰め状態になり、駅員が客を中に押し込む電車の映像は日本の変な文化として紹介される。日本人はこうまでして仕事をするんです、なんて小馬鹿にしながら紹介している。僕はその現場を見た事はないからヤラセか経済高度成長のごく希な偶然かな、なんて思ったけど本当はありそうだ。でもやっぱりそんな境遇に負けずに仕事に励む努力がこの国を支えているのだし、その努力を行える事が日本人の世界に誇るべき所だと思う。電車に乗ると何が戦後の日本を支えたのかが何となく見えてくる気がするし、アメリカ人には「マネできるのならやってみろよ」と言いたい。俺は言う資格ないけど。

スナック菓子

 僕はスナック菓子にあまり興味がなく、わざわざ自分から買って食べるような事はしない。たまに家にあったりすると手を出すことがあるけど、食べたくて食べたくて仕方がない!という状態になったことはない。でも好きな人は本当に好きで、一日に一種類は食べないと気がすまない、なんていうのをたくさん知っている。実際スーパーのスナック菓子売り場に行くと、あまりにも種類がたくさんあって、どれも美味しそうに見えるので、食べたくなる人の気持ちもわからんでもない。
 アメリカでは肥満が大きな問題になっている。友人に聞いてみたら、学校の廊下にはお菓子とコーラの自販機が置いてあるらしい。面白いことに小学校にもあるらしい。給食も多くのものから選べるようになっていて、人気はフライドポテトとバーガーにコーラ。子供は自分の好きなものしか食べないから、どんどん太っていく。食事の指導も特にない。肥満の治療として手術がはやっていて、腹腔鏡下で胃をバンドで締める方法,胃に垂直にバンドをかける方法等、たくさんあるらしい。
 この問題はすごく単純なことなんだけど、おそらくアメリカは肥満で沈んでいくだろうと言われている。興味深いのは低所得層から肥満になっていっている事。食というの文化であって、ある意味その国の文化的水準の高低を表している。低所得層から太っていくということは、質の悪い食品を食べているからで、それこそアメリカは底辺から崩れていくということになる。
 僕らが知るアメリカというのは映画やテレビで見る筋肉隆々のカッコいい俳優とスタイル抜群の女優だったりするけど、現実はまったく違う姿なのだ。

またやってしまった。

 ずっと買うべきかどうか迷っていたエアモックヘンプ。素材が麻という独特な感じ、限定発売、僕のサイズはすぐ無くなる等、買う要素はたくさんあったんだけど、
必要か?
そんなに買ってどうする?
買ったら履くのか?
二色あるけどどっちにするの?
と買わなくてもいい要素もあって、なんとか我慢していた。我慢していた所を、日曜日の練習後みんなでスニーカーの話になって・・・、さらに@2に
「あれ買わないんですか?」
なんて言われて・・・
買うに決まってるじゃないか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
とまるで買う動機を待っていたかのような、誰かに背中を押して欲しかった僕である。
 このモックは麻で出来ているので、細かな毛羽立ちや小さな折キズ等があったりする。行ったショップには僕のサイズはラスト一足。おお、やっぱり来てよかった!なんて思っていたがラストの一足なのにどうも気になる場所にホツレがあった。それがどうも許せない俺・・・。迷った末店員に相談したら近くの店舗から僕のサイズのものを持ってきてくれた。非常の申し訳ながらも、笑顔満面のオレ。いい買い物をした。

表参道

 僕が表参道が好きだ。オシャレぶっているわけではない。歩いている人が必要以上に気取っている所と駐車場が極端に少なく、その上だいたい埋まっている所を覗けば、とても雰囲気のいい所である。勾配があることを覗けば、僕がが生まれ育ったブエノス・アイレスにそっくりである。ブエノスのその部分は実はパリの丸パクリなので、行ったことはないがひょっとしたらパリにも似ているかも知れない。
 で、とにかく外国人が多い。近くに基地があるんじゃないか?と思うぐらいに多い。表参道に行っても小粋なカフェになんて怖くて入れないので、スター・バックスに行ったりする。スタバは外人のたまり場になっていて、気取っているのか解らないけど外が30度なのにみんな外で飲んでいたりする。スタバの店員は英語が必須なのだろうか、みんな流ちょうな英語を話す。店内では英語も良く聞かれ、行ったことはないけど欧米の空気が流れている。通りでも外国人が闊歩している。そして 非常に困るのだが、僕がスターバックスに行くと店員に英語で話しかけられる。先日もトレイのモノをかたそうと思ったら、英語でなにやら言われたけどとりあえず笑っておいた。千葉だとそんな事ないんだけど・・・。

ストリート・カルチャー

 30歳を前にする僕が「ストリート・カルチャー」なんてタイプしているとなんだか気恥ずかしい気持ちがありますが、気にせずいきます。
 実は最近「ロード・オブ・ドッグ・タウン」という映画を見た。これが心にグサっと刺さって、引っ張って取ろうとしたら今度は返しが引っかかって取れない、みたいな状態になってしまった。
 アメリカ西海岸ヴェニスビーチ周辺、通常ドッグタウン。この見捨てられた街で育ち、スケートボードに明け暮れる3人の少年たち―トニー、ステイシー、ジェイ―にとって、風を切ってストリートをすべるときだけが最高に楽しい瞬間だった。やがて、溜まり場にしていたサーフ・ショップを中心にスケートチーム【Z-BOYS】が結成され、ますます彼らのワイルドなスケーティングに磨きがかかる中、平坦なストリートから立体的なスケーティングができる"空っぽのプール"こそが彼らの聖域となる。そして全米のスケート大会に出場し、突如としてメインストリームに登場した彼らはその革新的なスタイルで若者たちを熱狂させ、瞬く間にスーパースターになっていく。しかし同時に、その発狂を利用するメディアが彼らをビッグビジネスに巻き込もうとしていた。「20年後も僕たちの夏休みは続くんだ─。」そうプールのそこで誓った3人だったが・・・。的な感じ。
 どうしようもない悪ガキが特殊な世界で有名になっていくパターンというのは多くの映画で見る事が出来るけど、この映画は事実。当時のメンバーの一人が脚本に参加しているけど思い出を美化していない所がいい。どの人にも青春時代があって、当時の仲間がいて、その時失ったモノや得たモノを抱えながら生きていくんだけど、この映画ではその感覚がすごく身近にあって、なんだか自分の参加している感覚になっちゃうんだよね。
 で、この映画でのストリート・カルチャーはスケボー。75年だから、僕が生まれる前の話なんだよね。ただの遊びが一大ムーブメントになっていって、それが伝染病の様に広がり、巨額の金と名声を得る手段になっていく流れはまるでジェットコスターの様に一瞬で、その速さが若者の青春と繋がっている。悲しいのは大人の世界から見ると彼らはただのガキに変わりはなく、ストリートで生まれたカルチャーは絶対に文化にはならないんだよね。この映画では終いには金儲けのために利用されてしまうから、威厳や価値なんてあったもんじゃない。もしかしたら「ストリート・カルチャー」なんて名前を付けた時点でその意味が失われているのかも知れない。うーん、なんだか言いたいことがまとまらないので興味のある人は是非とも見てください。

アイドル、アイマール

 最近知ったけど、アイマールがレアル・サラゴサに移籍していた。サラゴサはすでに同じポジションで同じ国籍のダレッサンドロを獲得している。アイマールはバレンシアで5年半過ごしていたので、そろそろ出る頃ではあった。市場が開く度に移籍が噂されていたけど実際に行動することはなく常に残留していたから以外だった。思えば2002年大会はヴェロンの控え、2006年大会はリケルメの控えだったアイマール。ここ何年かは表舞台での活躍はなく、今年で26歳。移籍時といえばそうかも。 アイマールは数多くいるマラドーナ候補生の中でも、一番の候補だった。技術の高さはもちろんだけど、小さな身体で狭い隙間を抜いていくプレイスタイルがマラドーナとに似ているからだ。現在ではメッシーが一番の候補だと言われているが、プレイスタイルがあまりにも違うため、 TVだけでの決まり文句になっている。
 アイマールにはもう一つのセールスポイントがあって、それはセールス面である。そのビジュアルからアイマールはアイドル的な人気があって、バレンシアの様な小さなチームがアジア遠征を行えたのもアイマールひとりのおかげである。僕はバレンシア-アントラーズという非常にレアなカードを一度見に行った事があるが、バレンシアサポーターの95%はアイマールの名前しかコールしていなかった。当時は入団したてのディ・バイオがいて、出て来た時に喜んだのは僕ととなりに座っていたスペイン人だけだった。
 残念な事にアイマールには広告塔としての興味は一切なく、非常に無愛想である。僕が見に行ったその試合もケガで出場せず、試合前にグランドを何周かしただけで帰っていった。スタンドに向かって見事なぐらいの無視を決めて、一度も手を振らず、視線もあげずに姿を消した。試合終了間際にはユニフォームを片手に出てきて、「出場するのか?」と期待させるだけさせて置いて、ずっとベンチに座っていた。僕はサインなんていらないけどせめて手を振るべきじゃないのか?なんて思って、あまりの無愛想さについアントラーズを応援してしまって、バレンシア陣営の中で肩身の狭い思いをした。思えばその時はスタジアムの前で「アイマールTV」と書かれた販促物をもらったけど、そんなものが実現される事はなかった。恐らく何かの宣伝活動を予定していたのだろうけど、アイマールはそういうキャラではないらしい。
 アイマールにはここで是非とも頑張ってもらって、サラゴサで結果を残してもらいたい。今回の移籍では追い出された感があって、必ずしも納得の上ではない移籍の様だ。バレンシアを見返して欲しい。 
 

過去の日記

 昨日の練習後でちょっとヘビーな仕事になって、僕は途中で帰ったのでどうオチがついたか非常に気になる所。とりあえず僕は負けるのは嫌なので、勝てるのならどんなに怒鳴られても大丈夫、なんて思いながら昔の日記を読んでいた。特に去年の負けている頃の日記は全然面白くなくて、ない元気をなんとか絞り出している感じがして切ない。負ける時のあの気分というのは何回負けても慣れないモノで、読んでいる内になんだかもやもやしてきたので、12月31日の日記を読んでみた。いやいや俺、いい事書いてるじゃないの!!当時の「来年こそは!」のあの深く静かに腹の底からわき上がってくる気合いを思いだした。うーん、表現はしにくいけど誰にでもコレにかける想いがあって、覚悟があって、今年はそれを見せないといけない。

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