2006年9月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30  

忘れ物番長

 本日未明、フットサル馬鹿集団Floriano'のメンバー@21アキさん(28)のゲームパンツが行方不明になる事件が起きた。アキさんは30日の朝、フットサルコミュニティ浜野の大会に参加しており、同大会で着用したゲームパンツを紛失した模様。一時は諦めかけていたのが、懸命な捜査によりパンツはフットサルコミュニティにある事が判明、事件解決となった。捜査の過程はメールにてチーム全員に行き渡り、@6ユキさんは
「アイツどうしょうもねえな」とコメントしている。@6ユキさんがコメントを発表した刹那、同チーム@21ダイから@6ユキさんの元にメールが入り、
「@6ユキさんが昨日忘れたインナーシャツ、僕が預かっています。木曜日に持っていきますね。」
それを受け@6ユキさんは
「・・・・・・・・・・」とコメント。
調べてみた所、過去にも@6ユキさんには余罪があった。

@ JFE体育館にてお気に入りのエアモックを忘れる。同チーム@8カワが預かる。
A CFGにてゲームシャツを忘れる。スタッフが預かる。
B 千葉公園体育館にてチームユニフォームを忘れる。同チームのメンバーで團長の@5タカダが預かった上に洗濯。
C フットサルコミュニティ美浜にてソックスの片方だけを忘れる。同チームのメンバーで團長の@5タカダが預かった上に洗濯。
D フットサルコミュニティ美浜にてスウェットを忘れる。同チームのメンバーで代表の@7ヒルが預かった上に洗濯。

@6ユキさんは
「反省しています。みんなありがとう」
と供述しているが、上記のもの以外にも余罪があると見られ、厳しい追求がこれから始まる。

お疲れ様でした。

 朝から大会お疲れ様です。結果的にも個人的にのも悔いの残る大会ではありましたが、ま、とりあえず同じミスを犯さないように気をつけます。つーか、それしか言うことないんだけどね。今まで負けた試合はたくさんあったけど、こんな感じの後味の悪い負けはここんとこ久しぶりだったので、かってではあるけど市リーグの再開を少し前にして逆に良かったかなと思います。今は上手く行っているとは思えないけど何かをやり出した時は常にそうだったから、ここが頑張りどころですか。これからはもっと暑くなるし、精神的にも戦術的にも体力勝負となっくるので頑張りましょうー。練習あるのみです。

 

CHE VIVE 2

 ゲバラの一番カッコいいところは、アメリカにケンカを売ったことである。最後まで帝国主義に反対し、ボリビアで暗殺されるまでアフリカでも戦った。カストロと意見別れをしてキューバを去る時に書いた手紙なんかは読んでいるうちに泣いてしまう程の文章で、特に自分の奥さんと子供たちにあてた手紙は暗記したいほどに格好いい。カストロに宛てた手紙はカストロ自身によって全キューバ国民に読まれ、この手紙では自分の信念に対する自信と覚悟が見え隠れてしてこれまた格好いい。
 そう、格好いいんだよね。イメージとしては葉巻をふかしてるあの写真が有名で、ビジュアル的にもいい。文才もあったし、医者でもあったし、戦士でもあった。そう言った強いイメージとは裏腹の喘息に苦しんだ実情もあって、人間味もあるんだよね。英雄でありながらも民主に近い一国のリーダーその姿も現在の社会ではありえないだろう。
最後にゲバラ名言。

娘にあてた手紙
「世界のどこかで、誰かが蒙(こうむ)っている不正を、心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。」

自分の護衛に言った言葉
「俺を守る暇があるのなら勉強しろ。サボったら牢屋行きだぞ。」

自分を殺す相手にかけた最後の言葉
「ここにいるのは英雄ではない。ただの一人の男だ。撃て!臆病者め!!」

CHE VIVE

 家に帰ったらゲバラの伝記書が転がっていた。どうやら弟がブックオフで買ってきたもので、100円の値札が貼ってあった。安い!で、ぺらぺらとめくって読んでみた。
 ご存知の人も多いけど、ゲバラはアルゼンチン人で若い頃に南米大陸を縦断し見識を広げ、キューバ革命に参加し、最後にはCIAに暗殺されている。男前なうえ、自分の信念を曲げずに貫いたその生き様は時代を問わずに多くの若者の心を捉え続けている。
 ゲバラを語る上で一番大事なのに全く語られないのは、それはゲバラは共産主義を最後まで信じた事である。「革命家」とは言っても民主主義のために戦っていたわけではなく、「共産主義のため」という簡単な言葉で片づけられるもののためでもないけど。実際ゲバラはロシアの社会主義を間違った社会主義と批判している。これについては僕も知らないから詳しくは書けません。
 ゲバラはゲリラ戦法を得意としていて、それでキューバ革命を成功させた。ゲリラ、とは簡単にいうけど、おそらくかなりのえげつない事もしただろうと言われている。そのため、キューバでは英雄だが、故郷のアルゼンチンではそれほど人気はない。うちの父に聞いたところ、「ゲリラ」という言葉にいいイメージはないし、知名度もそう高くないらしい。
 ゲバラの大陸縦断の旅がアメリカで終わった。彼はそこで飽食の時代と文化の堕落、そしてその上で成り立つ経済的勝者による社会格差、弱者が苦悩する現実を目の当たりし、自分の生きる道を決めたという。ゲバラは最後まで資産を持つことに興味はなく、服はいつもの軍服、住まいはアパート、食べ物は粗食。公務の間には農民に混じって畑仕事をした。キューバの紙幣にはさとうきび畑で働くゲバラの姿を今も見る事が出来る。
 レーニンの思想は途絶え、中国の社会主義も今の時代では否定されている。みんなで働いて、みんなで平等に利益を分ける事はロマンですらなくなっている。僕はゲバラの顔が印刷されてTシャツを見るたびに笑いを通り越して悲しくなる。そんなことは本人がもっとも望まなかった事の一つだと思う。金儲けの道具に使われるなんて、皮肉すぎて逆に失礼な感じもする。最も意味を履き違えたアイテムじゃないか?
明日もこの話題で行こ。
 

甲子園

 今日は美容院に行って来た。以前にもここに書いた美容院で、その美容院のスタッフとフットサルをしたことがあるつき合いが長い美容院である。そこで甲子園の話題になった。
 僕は甲子園大会に一切興味がなくて、今日言われて
「あ、そう言えばやってましたね」
ぐらいの反応なのである。実は僕の店とこの美容院は同じ地区にあって、その地区にある高校が千葉県の予選を勝ち抜いているらしい。喜ぶべき話なんだろうけど、実はその地区に店を構えている店主は戦況を注意深く見守りながら一喜一憂している。もしその高校が出場を決めてしまったら、カンパをしないといけないのだ。以前にも書いたけど甲子園で決勝まで行くとすると3億はかかる。歴史のある学校は卒業生の数も多いので、集まる金額が大きい。逆に歴史の浅い学校はこの資金集めに苦労するのだ。
 甲子園の夏の大会は日本で野球をやった事のある男子の憧れや夢である。出場を果たした人にとっては自分の人生のハイライトでもあるだろう。その裏に大きな金の動きがあると思うとなんだか切なくなってしまう。まそんな事はどうでもいいんだけど、絶対どこかが儲かっていると思うんだよね。そこがハッキリしていないのがどうもなあ。もしかして高野連?
 いつも思うのはなんであんな熱い時にやらせるのかという事。本当に高校生の事を考えているのだったら夜に試合をすると思うんだよね。夕方ぐらいからやれば試合数はこなせると思うんし、観客だって見やすい。う〜ん、球児の夢が大人の仕組みの上で成り立っていると思うと切ない。非常に切ない。

象はでかい

 今日は個人参加でSEVILLANASのパパと一緒になる。パパはこのブログを読んでくれていて、終わってから昨日の書いた動物園の話をした。パパには娘さんがいて、その子を動物園に連れていった時の感想を教えてくれて、とても興味深かった。小さな子供は象の存在を図鑑やTV等で知ってはいるが、初めて見たときはそのシワ、におい、大きさにやっぱりビックリしたようだ。昨日は動物を「見た」と表記したけど、実際は動物を「体感する」、と書いた方が正しいかもしれない。初めて動物園はもはやテーマパークなのだ。
 象で思い出したけど、上野動物園で象を見ていた時のこと。象は二匹いて、大きいのが一匹、子供が一匹だった。親子かなあ、なんて思っていたときに知らない老人が話しかけてきた。この人はボランティアで案内をしているようで、ガキのように象を見ている僕に話しかけてきた。なんだ?怪しいなあと思っていたけど話を聞くことにした。なんとあの象は愛子さまに送られたもので、タイからの送りものだったのだ。象をプレゼントといういはすごい話だなあ。象がペットか・・。実はタイのスリン県という所が何年もかけて植林に成功し、それを支えたのが日本からのボランティアだった。失敗を繰り返しながらも何年も挑戦は続き、その度に日本人ボランティアが海を渡って支援した。そして、徐々に緑が広がり、鳥をはじめ野生生物が戻り始めた。この植林活動は今も続いていて、市民同士の交流の輪も広がっている。そして最近はスリン県のの産業は水田農業になった。後進地域が先進地域に躍り出ようとしている。二十数年間もの間に絶えることなく続いてきたスリン県民と日本人ボランティアの努力の賜物である。いい話じゃないか。象の名前もこれまた素敵で、オスはアティ(太陽)、メスはウタイ(日の出)という名前なのだ。


最近の動物園

 昨日の夜に動物園についての特集をTVでやっていて大変面白かった。どの県や市でも動物園と言えば赤字が当たり前のお荷物施設だが、最近の動物園は様変わりしていて、いかにどうやって人を呼ぶかという努力の結果、面白い動物園が多くなってきている。動物との距離を近くしたり、ガラスを多様したりと動物との距離を縮める事で客の興味をそそり、来場者を多くする事に成功している。
 いくつになっても動物園に行った時のあの「でかい!すごい!かわいい!かっこいい!怖い!ウンコデカイ・・・」の驚きの気持ちは変わらない。理屈ぬきで正直になれる瞬間だよね、どんな大人でも。動物というのは本当に面白いもので、大して動いてなくてもずっと見ていられる。
 ただ、動物園にはある種の悲しさが漂っている。それはもちろん、動物たちを不自然な環境に閉じ込ていることにある。どんなに子供でもその残酷さを理解できる事ががよりその残酷さを際立たせる。斜めな見方をすれば動物園は人間の傲慢さの極みで、人間が他のどの生物よりも優れている間違えた考え方の結果と言えるだろう。仏陀が言ったように命に優劣はないのかどうか良く分からないけど、動物園にいるの動物の目がなんとなく悲しい色がするのは気のせいではないはず。とはいえ、動物園の本当の目的はそこにある。娯楽の側面を残しつつ、誰もが命の大切さやエコロジーについて考え、自分なりの考えを持つ事。これは子供ならなおさらのことで、幼いうちに動物の姿を見ることは命の尊厳の養育につながる。
 今でも忘れられないのは、上野動物園の白くまを見たときのこと。この白くまは常同運動(ストレスなどがたまった動物が意味もないのにあちこちを行ったり来たりする行為。よく動物園の動物がやる。)をしていて、すんごい悲しくなった。白クマは動物の中でも特別な印象があって、大きいし、白いし、神秘的な存在な気がしたけど、その大きな体が狭いスペースに押さえられていた。白い毛は汚れで黄色がかっていてまるで汚れた雪のようだった。本当の姿ではないのだな、と一発で解った。日本の動物園の管理は世界でも優秀なので動物園側に不備があるとは思えないし、そもそも動物園は最初から自然ではないので仕方ないか。
 ま、理屈を並べても意味はない。やっぱり動物園に行って楽しむ、そして色々考える。これが一番だな。

日本は沈むのか?

 「日本沈没」。あまりにもダイレクト過ぎるそのタイトルには大きなインパクトがあって、宣伝としては完璧なタイトルだろう。大勢の人がその響きに誘われて劇場に向かったにちがいない。
 僕は映画は未見なんだけど、草なぎに日本が救えるとはとても思えないので、恐らく日本はバッチリ沈むのであろう。(そんなわけないか)この映画はリメイクで、聞けば前作の主演は藤岡弘。なんだか草なぎと藤岡弘を比べるとどう考えても藤岡弘の方が助けてくれそうだけど、ちがう意味では逆に危なっかしいのでどっちでも同じか〜。
 この映画に合わせてTVで地震予知の番組をやっていた。いつか来ると言われながらまだ来ない関東大震災等、(永遠に来て欲しくない)日本に住んでいる人なら誰にでも大地震に対する潜在的な恐怖心があって、今回のこの映画はこのポイントを上手く突いている。誰もが心の片隅に、
「今日は大丈夫だろうけど、いつかは大きな地震が来るかも知れない」
と思っている。別に真剣に考えているわけでもないけど、何故か捨てることの出来ないそんな不安。そりゃこの映画は気になるでしょう。
 この「潜在的に恐怖を煽って注目を浴びる」は大人気TVシリーズ「24」の十八番。9.11以降いつどこから攻撃されるか分からない不安に怯える国民に「24」の様に、常にアメリカが攻撃される様子をスリリングな展開で見せつけ、いつもギリギリのタイミングでなんとか助かるパターンははそりゃ大人気になるにちがいない。核爆弾、細菌兵器、大統領暗殺。ある意味とても綿密に練られていると言っても良いし、逆に安易なアイディアと言えなくもない。現実との絡み合いもあればもっといい。
 よく考えると恐怖心にスポットを当てた映画は昔からある。インディアンと対決する映画、宇宙人と対決する映画もそうだし。願わくは「日本沈没」が防災の意識の向上に働きかけてくれる事を願う。

日本の俳優

 最近日本の映画、邦画が元気だ。邦画といえば「暗い・ダサイ・つまらない」の三冠王のイメージがあったが、最近はそんな事もなく若者が映画館に足を運んでいる。ランキングに日本の作品を見かける事も多くなったし、海外への進出も多くなってきている。もともと日本には文学やマンガなどの原作となるものも多かったから、ある意味日本の映画文化が多の文化に追いついてきた証拠と言える。とはいえ、元気なのは一部で、三冠王を未だ続ける苦しい現実もある。若くして映画を作れるスタッフ・監督はホンの一部で、実状はかなり厳しい。これは金や会社関係、人間関係の問題で、技術や思想の問題ではないのでまだいいのかも知れない。
 日本の映画界の何がいいかというと、それは俳優である。僕は今までそんな事を感じたり考えたりする事はなかったけど、最近日本の俳優の素晴らしさに気付いた。ハリウッドの煌びやかさに目を奪われがちだけど、実はいい俳優が揃っている。
 きっかけは「CASSHERN」の寺尾聰である。あまりの格好良さに圧倒されっぱなしだった。巷で言われている程ではないにしろ、「CASSHERN」には映画として「?」な部分が多いため危ない所もあるけど、寺尾聰が出ている事でなんとかなっている。
 少し前にキムタク主演の「ヒーロー」のスペシャル番組をやっていた。人気ドラマの番外編みたいな感じの2時間スペシャルだった。もちろん、キムタク人気と泣かせるストーリーで視聴者のハートをガッチリつかんでいるドラマなのだが、今回の犯人役は中井貴一だった。この中井貴一は馬鹿に真面目サラリーマンを演じているのだが、これがあまりにも格好良すぎてキムタクの演技がかすむ程であった。最近はジャニーズの映画やドラマ進出が進んでいるけど、それ依然にずっと俳優として生きてきた男の実力がでまくっていて、感動した。格好いいとは、こういうことなんだな。

フォトアルバム

朝から

 今日は朝から設営だった。もう残り少ない設営の回数、ここまで来るとみんな上手くなっているのが面白い。特に職人肌の@8の仕事は丁寧で早くて、いつか発注が来そうなレベルになっているのが目立った。人間なんでも長くやればそれなりのレベルになるのだなあ、本当。
 今日はまだ曇っていてまだ過ごしやすかったけど梅雨が終われば本格的な夏がやってくる。毎年熱い暑い熱いと言っている様な気がする。去年より暑いんじゃない?なんて言っているけど、去年がどうだったかなんて全思い出せない・・・。去年の天気なんては当たり前なもので、去年のこの月は何をやっていたのかすらも覚えていない。最近流行の脳トレは必要なのだろうか。

久々の自転車

 人類が初めて月に降り立ったときにアームストロング船長が最初におろしたのは左足だった。アームストロング船長自身は右ききだったけど、もしものためにすぐに移動出来るように右足をハシゴに残したのだった。
 実は僕は今日何年かぶりの自転車に乗った。人間案外忘れないもので、すごく楽しかった。実は僕は自転車はとても好きで、自分で初めて買った高価なものはチャリで、あまりにも好きで大阪に行く時は宅急便で送った。当時は原付を買うか高いチャリを買うかの選択肢があったけど、迷わずチャリを買った。
 そんなにチャリが好きだったけど、車を買ってしまったらあまりの快適さに全く乗らなくなった。車のあの快適さは本当、良すぎて逆に良くない。
 というわけで今日はバイトのチャリを借りて久しぶりに乗った。すいすいと夜の道路を走るのは心地よくて楽しかったけど、冷静に考えたらネクタイを締めた男が一人自転車をこぐ姿は決して格好いいとは言えず、どっちかと言えば格好わるい。特に信号待ちの時に自転車を片足で支えるあの姿はかなりのマイナス点だろう。
 軽く汗をかいてやや上気して気分で店に戻った後、自分の姿を想像したらかなり恥ずかしくなった。その時にアームストロング船長の話を思い出したのた。僕もアームストロング船長のように左足を地に付けていたわけだけど、こうまで違うものか。

マイブーム

 最近僕の中で
「一度読んだことのある本を読み返す」
というブームが来ている。きっかけは僕の好きな作家の中島らもが死んじゃったことである。新作はもうでないし、他に好きな作家がいても次から次へと作品を発表するわけではないので、この結果に至った。本屋に行くと一生かけても読めない量の色んな作家がいて色んな作品があるけど、そういうもんだよね。
 きっかけはもう一つあって、それは「ラスト・エンペラー」を見なおした事である。1回目に見たのは公開当時で、僕は多分小学校の低学年だった。親父に連れられて行ったのだが、印象に残っているのは阿片でラリっているシーンとエロいシーンだけ。そもそもそんな映画に連れて行く親父に問題があるけど、まあそれはいいとして、ガキの見る映画ではないのである意味仕方ない。で、少しまえに見直したんだけどこれがなかなかの感動的な映画で、これを理解出来るようになって俺も大人になったんだなあ、と思ったモンだ。
 僕はガキの頃から本を良く読む嫌な子供だったんだけど、学生の頃には格好つけてカフカ、ダンテ、ヘンリー・ミラー、チョーサーとかを読んでいた。今思い出しても話の半分も思い出せないものが多くて、これじゃいかん!と言うことで再読しようと思う。さて、どれだけ大人になったか。

yui

 ヒマワリと言えば、最近大人気の歌手yuiが出演している映画「タイヨウのうた」である。この映画の中でヒマワリが重要なシーンで出てくる。(多分。映画は見てないから)僕の店のスタッフに何人かこの映画を見たのがいて、感想がみんな同じなので笑える。映画の中で印象的なセリフがあるらしい。それはyuiが好きになった男の子に声を掛けるシーンである。

踏切を渉ろうとする少年が後ろから押される。彼は踏切内に倒れ、後ろを見るとそこに一人の少女が立っている。(yui)彼女は
「初めまして○●(役名)です!!好きなバナナは食べ物です!ずっとあなたを見ていました!」
みたいな事をいうらしい。あまりの緊張に「好きなバナナは食べ物です!」と言ってしまっている所がポイントで、そのインパクトは初めて話しかける人間を突き飛ばしている事を忘れさせるらしい。このシーンのyuiが特に可愛いようで、もはや少女マンガの様だ、という声があった。
 緊張していう事を間違える女性、というのは外見次第では可愛くうつらない事もないな、と僕は思ったけど、本当はどうなんだろう。とにかく僕はそのシーンのためだけでも見に行きたいと思ってしまった。

ひまわり

 僕が車を停めるために借りている駐車場がこの頃、夏を全身で表現するかのように雑草で生い茂っている。住宅街のど真ん中にあるその駐車場を借りているのは僕一人で、(もちろん6番である)不動産屋さんから見れば採算がとれないハズ。いつ追い出されるのかドキドキしながら、誰かが雑草を刈ってくれるのか、それとも僕が自分でやらないといけないのかなあ、なんて思っていたある日、帰宅したらキレイに全ての雑草が駆られていた。キレイな仕事するなあ、なんて思って見渡していたら、視界に2本のヒマワリが目に入った。それは見事なヒマワリ。垂直に伸びたその先にオレンジの円を中心に黄色い花びらが咲き誇っていた。夜だったんだけどそのあまりの堂々とした姿に僕はなんだか感動してしばらく見ていた。恐らく雑草の上からでも日光を浴びれるように必死で背を伸ばしたのだろう、我先にと競争した結果垂直に伸びた茎のまっすぐな感じが逆に不自然でもあった。雑草を刈ってくれた人ヒマワリを残すためにわざわざ手間を掛けて回りの雑草を刈ったのだろう。
 僕の花への関心は雄しべ雌しべを習った時点がピークだったから花への興味なんて全くない。生体や花言葉なんて知らないけどひまわりと言えばゴッホだし、ソフィア・ローレンの映画でもあるし、人間に与えるイメージはやっぱり大きいんだよね。あの姿を見ればそれも納得できる。

ザ・ホワイト・ハウス サード・シーズン

 昨日「ザ・ホワイト・シーズン」サード・シーズンを見終わった。相変わらずの濃い内容で、いつも泣かされている。朝の3時までずっと見ているので、ここ4日間ずっと夜中に一人で泣いている。
 このシーズンの前にで9.11の同時多発テロが起こっている。このシーズンでもテロとの戦いが描かれている。特に9.11特別番組という回がある。ホワイト・ハウスに見学に来た学生たちにスタッフがテロについて語る回で、これがまた面白い。アメリカが何で嫌われ世界中から敵対視されているのかを説明してくれる。これが僕らが思う現在のアメリカ「石油目当て」、「国家警察ぶり」、「バカ」とはかけ離れている。腑に落ちない所があるけど、なるほどなあと思う事もあって、判断は難しい。まあ、このドラマで描かれている大統領なんていないように、そんな国もないし、きっと思想もないんだよね。
 このドラマは本当に面白くて見るたびにそうだ!それが正しいんだ!なんて思ってちょっと気分が高揚するんけど、現実に戻るとそのあまりのギャップにガッカリするんだよね〜。

人間の記憶ってすばらしい

 そういえば少し前に僕の父にこのブログでも紹介したgoolgle localを教えて上げた。航空写真を張り合わせた地図の事である。僕の父は地図が好きな人で(たまにいるでしょ、そんな変わった人)予想通りに興味をしめした。とりあえずアルゼンチンでも見てみるか、なんて話になって操作方法を教えていたら、なんとその航空写真をヒントに僕らが15年も前に済んでいた場所を当ててしまった。とにかく地理を記憶していて、この道をまっすぐ行って、ここをまがって、みたいな行き方まで覚えている。地図ならわかるけど、なんのヒントも地名もない写真をたよりに場所を探し当てるなんて、正直驚いた。長い間使わなくても記憶というのは頭の中でずっと眠っていて、いざ呼び出したらちゃんと動くなんてビックリである。
 僕の父は子供の頃に戦争移民としてアルゼンチンにわたっていて、日本語よりもスペイン語の方が達者な特異な境遇の人。日本人としてのアイデンティティも一切ない。ここはあの交差点で、この大通りの名前は●×でとかいう言葉の中に懐かしさと愛情がこもっていて、なんだか切なくなった。人の故郷は必ずしも自分が生まれた場所ではないのだ、と思った。
 

2010年活躍予定選手。

 話題はもうすでに2010年。青田刈りとでも行きますか。

フォトアルバム

ジダンの頭突き

 まあ、正直いうとジダンもマテラッツィも過去のプレイを見ていると、
「またやったか(笑)」
ぐらいの感想がフツウだろうけど、なにやら本当に大変なことになっている。ジダンが会見をしたり、マテラッツィがスイスまで出向いたりと静まるどころか益々盛り上がっている。ただ、どうも加害者であるジダンを擁護する風潮があって、非常に違和感を感じる。テロリストと罵られ、家族をも馬鹿にされたジダンの気持ちに理解を示すことはある意味当たり前かもしれないけど、どんな暴力にも正当な理由なんてないはず。このままではジダンは「家族のプライドを守った英雄」なんて扱い方をされるかも知れない。本人はその試合を見ていたであろう少年たちに謝罪したが、マテラッツィには謝っていない上、後悔していないと堂々と言っている。いいのか?それで?矛盾していないか?
 今回のワールドカップは異例にも人種差別反対を訴える大会だった。だからと言って暴力が許されるはずがない。もはやフェアプレイのフラッグは飾り物になってしまっている感じもある。そして履き替えちゃいけないのはジダンはキレたのであって、美しい戦いをしたわけではない。

前園

 前回のワールドカップから4年後のこの大会、自分の中で時間の流れを感じることはあまり無かったのだが、今回もっとも「4年前とはちがうんだ」と思ったのは、前園が立派な芸能人になっている事だった。サッカーコメンテーターなのか、リポーターなのか、芸能人なのかはハッキリしないけど、前園がもうフットボールの選手ではない事は明らかで、TVで生き生きとしゃべる姿に少しばかりの寂しさを感じた。
 前園の選手時代のピークといえば、アトランタオリンピック。キレキレだったあのドリブルに日本のフットボールの新しい未来を感じさせてくれたっけ。ファルカンにはフル代表に呼ばれ、オリンピック代表と掛け持ちするという事もあった。結局はオリンピック代表に専念し、日本に28年ぶりのオリンピック出場をもたらした。その活躍を受け海外のオファーが舞い込む。が、フリューゲルズとの交渉は物別れに終わり、ここら辺から前園のフットボール人生は陰りをみせる。それからはヴェルディへ移籍。理由は「海外への移籍を容認しているから、が最も大きな理由だと言われた。が、調整不足のため出番はあまりなく、サントス→ゴイアス→ベルマーレ→ヴェルディ→安養LGチータース→仁川ユナイテッドと渡り歩き、2005年5月に引退。2度とピーク時のパフォーマンスを発揮する事はなかった。
 前園は日本人のフットボール選手として初めて名声と金におぼれた選手と言われた。派手な私生活(ピンクのポルシェだっけ?)と裏腹にフィールド内での活躍は次第に減っていった。コマーシャル等のフットボール以外での露出も増え、過度なメディア露出による練習不足と慢心があったのでは?と言われていた。
 おそらくどの理由も本当だろう。当時は今とはまったく違う世の中だったし、フットボール選手の露出は今ほど当たりまえでな無かった。一番の原因はおそらく叶わなかったスペインへの移籍だろう。
 TVで前園の姿を見ると何となく浮いている様な気がするし、しっくり来ている気もする。同世代の選手として応援していたし、何よりも好きだったんだよね、俺。ディフェンスはしないプレイスタイルは時代とは逆行していたけど、あのステップは本当に新しい日本のフットボールを感じたんだよね。

ワールドカップ総括2

 今回は僕が気に入った選手を紹介。ウイイレをやっている人は獲得を進めます。

フォトアルバム

ワールドカップ総括

 ついに4年に1度のお祭りも終了か。4年前は僕は25だったのに、今回は29になっているんだよね。中身的にまったく変わらないのに・・・なんで?とはいえスポーツ選手の4年間というのは一般に人より濃密な訳で、僕は社会でやっと一人前に認められ始めてる頃なのに、すでに引退している同年代の選手も多い。俺の人生は走り出したばかりなのに、すでに走り終えた人もいるんだよね。なんだか考え深い。
 今回の大会には出れなかった選手もいる。出た出ない、の差はきっと大きなものだし、今後のキャリアにも関係するし、選手生命を振り返る時のハイライトだろうなあ。
レコバ、エトオ、フレブ、ジュリー、トマソン、ダフ、フォルラン、ヴェーロン、サネッティ、ギグス、グジョンセン、シセ、コルドバ。名前を聞くだけでもいいチームができそうだ。

ラストダンス

 最後の最後にジダンがやってしまったらしい。今思えばジダンのそういう傾向は昔からあったけど、聡明そうな外見からはそういった様子は伺えない。だからこそ大きなショックがあって話題になったのかな。とはいえ引退する最後の試合までそんな熱い想い、闘志を抱けるということもすごいことだ。 ジダンの過去のプレイもたくさん放送されていて、見ていると本当に惚れ惚れする。とにかくボールを扱うのがうまい。ジダンはボールを愛しているし、まるでボールもジダンを愛しているかの様だ。僕もボールを凄く愛していて無償の愛を捧げているけど、いまだ片思い。

人種の優劣

 少し前に青山のフットサルショップ「日本人」に言ったときのこと。ショップがある通りの入り口にブランド中のブランドのショップがあるんだけど、そこに金髪のネエチャンたちが何人か立っていた。表参道に外国人たちは多いんだけど、彼女らは明らかに違う雰囲気をまとっていた。5人ぐらいだったんだけど周りからは注目されるぐらいに目立っていた。彼女たちはいわゆるモデルで、そのブランドのモデルだったのであればよくいる自称モデルではなく、本当のプロのモデルだっと思う。僕はその横を通り過ぎたんだけど、明らかな身長さがあってなんだか劣等感を感じた。
 フットボール関係の写真を見ていたら、本当に色んな人種がボールを蹴っている。もちろん、精神的、道徳的、能力的な人種の優劣なんて存在しないとは思うけど、身体的な差は認めざるを得ない。日本がこの先こういった身体能力に立ち向かっていくのかと思うとちょっと悲観的な気分になっていく。ワールドカップを見ていれば選手がどんどん大きくなっているのは明らかで、キーパーなんかは190センチはもはや当たり前になっている。フットボールの主流これからオーストラリアの様なフットボールになっていくのかなあ、なんて思う。

ボールの模様。

 昨日書いたボールの模様についてなんだけど、よく考えるわざわざ模様が描いてあるボールって、フットボールのボールだけ。もちろんそれは回転の方向を解りやすくするための模様なんだけど、昔からあの白と黒の模様はフットボールの光と影を表すと言われている。(俺がかってに言っている可能性あり)。今回のイタリアの事件もそうだし、暴力や差別を抱えるフットボールはその暗い部分があるからこそ人の心を引きつける。昨日は明るい面を見てやや強引なこじつけをしたけど、よく考えたら僕らが知る影の部分は氷山の一角で、おそらく僕らが知らない陰の部分は果てしなく広がっている事だろう。
 ただ昨日乗せた写真はウソではないし、むしろ普段は面に出ないフットボールの真の姿を切り取っているのだと思う。僕はその面にこそ価値があると思うし、その明るさはタールの様に濃い闇をいつか切り裂いてくれると信じている。

写真は全てを語る。

 昨日色々と写真を見ていたら、気になるものが何枚かあったので、今回はそれを紹介。

フォトアルバム

格好いい男。

仕事場でアルゼンチン代表Tevezの話になった。みんな知っての通りTevezのビジュアルはなんとも残念なものあって、おまけに尋常じゃない運動量を実現するための酸素量を摂取するため、口は常に開いている。最近は後輩のMessiが台頭しているため、最近のTevezには色気づいているフシが見えて、より一層痛々しい。と僕は思っていたのだけど、色んな話を聞いていると
「Tevez格好いい」
という声が結構あったのだ。特にドイツ戦での必死のプレイを見た人の中には「感動した」という声もあって、なるほどなあ、と思った。つまり、必死になっている男は200%割り増しで格好良く見えるのだ。ワールドカップという大舞台で国の威信を背負い必死で走る姿はやっぱり格好いいのだ。



フォトアルバム

小休止

 ワールドカップも残り後少しというところで、フットボール以外の話題で気になるものと言えば、「亀田一家に具志堅が噛みつく!が気になった。

≪両者亀裂の経緯≫具志堅氏はこれまで新聞や専門誌、テレビなどを通じて亀田の実力を疑問視する発言を繰り返してきた。26日付の毎日新聞では「元ボクサーや現役選手で本当に強いと思っている人がどれだけいるか」「金をかければ簡単に世界挑戦できるのか。WBAライトフライ級王座はかつて僕が持っていたタイトルだけど、彼と一緒にされたら困る」と持論を展開。会見でのメンチ切りや大毅の歌のパフォーマンスについても「やっていいことと悪いことがある」と苦言を呈していた。

 というのがそう。おそらく誰もが思っている事を具志堅が言ったんだろう。日本人と対戦していない、弱い外国人としかやっていない。ボクシングをよく見る人はみんなそう思っているのは本当みたいで、亀田の試合にも練習方法にも突っ込み所はたくさんあるらしい。ボクシング界というのは金とコネクションが大きくものを言うらしくて、亀田兄弟の戦略はその点をフルに活用しているのが引っかかっているようだ。
 チャンピオンは各団体の各級に一人しかいないわけで、そいつに対戦要望が集まる。誰を優先的に挑戦させるかの基準がはっきりしない所に色々と問題があるのだろう。
 ボクシングというスポーツはそれこそ命をかけてやるわけなんだけど、その真逆には金で何もかもが変わってしまう、実力とは違う何かがものをいう現実も悲しい。
 ボクシング界としては明るい話題が最近ないので、やや異端ながらも亀田一家には頑張って欲しいはず。斜めな見方をすれば今回の騒動は今度のタイトルマッチを盛り上げるために一役買ったわけだから、出来レースの可能性もある。ま、誰がどう見ても亀田一家は強いので、ここは現チャンピオンをボコボコにしてもらって周囲を黙らせて欲しい所だ。

中田引退

 聞いた時にはビックリした。引退はすごく個人的なものだから第三者の意見は必要ないと思うのだけど、どのニュース番組でも色んな人が自分の意見を語っていた。僕は中田選手と同い年だが、ファンでもないし特に応援していたわけでもないので、「残念だ」とは思っても特別な想いは浮かばない。カズが引退するときはきっと一時代の区切りを感じて誰にも見られないところで泣くとは思うけど、中田の引退に対してはそんなに感情移入していない。それはきっと、「中田選手ならサッカー以外の世界でも全然やっていけるだろう」と思うからだろう。ある意味自分で区切りをつけて自分の意思で引退を決めることができたのは幸せだとも言える。
 ずいぶん前にこのブログでボクサーだった僕の友達のことを書いたけど、彼の引退の方が心に染みた。彼はそれこそガキの頃からボクシングだけに興味を持ち、全てのものを捨てその道だけに生きた人だった。才能にも指導者にも恵まれた彼はその道を突き進み、期待のホープだった。自分の夢を的確に捉えその夢にまい進する人間というのは、自分が何が好きで何が出来るかすら知らないガキから見るととても輝いて見えるもので、その彼もそうだった。同年でも彼だけは僕より成熟していたし、夢を追うリスクをも理解していたし、その夢を叶える可能性がどれだけあるのかすら理解していたのだと思う。結局彼は目の怪我で引退するのだけど、彼の引退を知ったの家族と僕とジムの関係者だけだった。当時僕はまだ社会にも出ていない21か22のガキでで、この先に何が待ち受けているのかも知らなかった。彼も21か22で、すでにその人生を歩みきっていてた。
 スポーツ選手の寿命は短い。それだけに特別な存在であり、尋常ではない努力をするのだから、尋常じゃない報酬を得るのも当然だと思う。他の人には出来ないことをしているのだから、名誉も名声もつかむ。その分、日本代表としても、自分のためだけではない何かのためにも必死に戦った。「これからも日本のサッカーのために力を貸して欲しい」なんて声を聞くけど、その言葉には賛成しかねる。やっぱり他人が言うべき言葉、かけられる言葉は「お疲れ様でした」だけだろう。
 が、僕の友達の例とはちがくて、中田選手はフットボールの道を歩みきっていてない。ブラジル戦を見ても一番走っていたのは中田選手だし、技術は衰えるわけではない。選手としての限界まだ先にある。中田選手本人が言っている様にフットボールへの情熱、気持ちの問題なのだ。だからこ引退を惜しむ声は多いのだろう。ジダンの様に本戦が始まる前に発表していれば、日本の戦い方も違っていたかも知れない。見ている人も、選手たちもちがった気持ちで試合終了のホイッスルを聞いたはずだ。でもまあ、いくら言っても仕方ない。よく考えると僕らが海外のフットボールを見れるようになったのは中田選手のおかげである。感謝こそすれど、彼にこれからの日本のフットボール界の責任を背負わせてはいけない。

反省が足りないのだ。

 よく考えたら、W杯開催中に新しい監督と交渉を行うのは現監督に対して失礼なのでは?国際試合はチーム対チームの対戦ではなく、その国のサッカー協会も戦うわけだから、せめてW杯開催中はみんなで代表を信じる姿勢をみせるべきだったのでは、と最近思った。すぐに新しい監督を発表した時に「日本サッカー協会は仕事が早いね!」なんて思っていたけど、よく考えたら敗退が決まる前から動いていたので、やっぱり保身のための対策だったのかなあ、なんて思う。
 普通に考えたら、
負けた→負けた原因を分析→反省→分析・反省を元にした監督選び
となるはずだけど、どうもいっきに最後の工程まで進んでしまって、反省はどこへ行ったの?という感じを受ける。川淵キャプテンが責任を取って辞めたとしてもサッカー協会、もしくは代表に利益があるかどうかは分からないけど、責任の所在の確認と反省なしでは先へは進めない。失敗したから辞めれば済むモノでもないし。ただ、選手の実力や素質でこれからも苦労する事はわかってるんだから、せめてサッカー協会には理念・運営力・コネクションでは負けてほしくない。
 先の行動はやっぱりZicoにとっては失礼だし、なによりサポーターと選手に対して誠意がない感じがする。早いのはいいことだし、実際の交渉の場ではそんなきれい事は言ってられないだろうけど、せめて絶対にバレないようにするべきだ、と思う。

大詰め

 ワールドカップもあと3試合になった。昨日はフッチボール大国ブラジルが破れるという予想外の展開が持ち上がりに拍車を掛けている。アルゼンチンが負けた時点で同じ南米のブラジルを応援していたのだが、こうなってしまっては僕のワールドカップもお終いだ。後は好きにしてくれ、という感じで興味を失ってしまって、大会はまだ終わっていないのに総括をしたい気分だ。
 テレビではオシムの特集がこれでもかと組まれ面白いのだが、目立つことを嫌うオシム自身は複雑な心境だろうか。仁義を欠いた日本サッカー協会の「まだ決まっていないのに発表しちゃう」作戦で千葉のサポーターも選手も苦い気分を味わっている。ここで下される決定はとても重要で、日本のフットボール界に大きな問題を投げかけている。つまり、代表とクラブのどっちが大事かを問われているのだ。クラブチーム文化がまだ育っていない日本では代表は特別なもので、そのプライオリティは他の何よりも高い。恐らく大半の国民はオシムは監督の任務受けるべきだと思っている。千葉のサポーターは、「迷惑な話だ。オシムはこっちの努力で呼んだのに結果がでたら横取りかよ」とは心の中では思いながらも、「代表を優先しないと非国民だとう言われるかも」と実際口にだすのは濁した意見だ。でも、本当に何がいいのだろうか。個人的には僕はクラブを優先すべきだと思う。なぜなら、国のサッカー基盤はそのリーグにあるかだ。同じレベルを上げるのならいつか解散する代表より、半永久的に続くリーグを上げた方が効率的だし、論理的に考えれば考える程そうだ。ただ、日本に置ける代表チームの立場はやはり特別なので、どう転ぶかは読めない。
 フライング発言のおかげで逆にオシム獲得が難しくなってしまった。まだ答えが出ない事から、断られる可能性もあるかも知れない。最悪の場合、どっちもやらない、という選択肢もある。さてどうなるやら。

残念無念

 負けちった〜。守りに入った瞬間に点を入れられてしまうという最悪の展開の中、なんとかPKまでに粘ったけど運がなかったのか、負けてしまった。そもそもの原因はキーパー、アボンダンシェリの怪我か。最初はケツまで出してのナイスな時間稼ぎかと思っていたけど、本当に交代してしまったから本当だったんだ!と驚いた。ま、いい勝負をしていたという訳でもないし、流れも悪い方へ流れていたのである意味もっとも予想されていた結果だったかも知れません。PKでの決着は納得いかない事が多いけど、ホスト国を相手に分けたという事で、最悪の結果ではなかった、という思いを胸に南アフリカ大会に夢をうつそう。

| top |