< 2006年7月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >

中田引退

 聞いた時にはビックリした。引退はすごく個人的なものだから第三者の意見は必要ないと思うのだけど、どのニュース番組でも色んな人が自分の意見を語っていた。僕は中田選手と同い年だが、ファンでもないし特に応援していたわけでもないので、「残念だ」とは思っても特別な想いは浮かばない。カズが引退するときはきっと一時代の区切りを感じて誰にも見られないところで泣くとは思うけど、中田の引退に対してはそんなに感情移入していない。それはきっと、「中田選手ならサッカー以外の世界でも全然やっていけるだろう」と思うからだろう。ある意味自分で区切りをつけて自分の意思で引退を決めることができたのは幸せだとも言える。
 ずいぶん前にこのブログでボクサーだった僕の友達のことを書いたけど、彼の引退の方が心に染みた。彼はそれこそガキの頃からボクシングだけに興味を持ち、全てのものを捨てその道だけに生きた人だった。才能にも指導者にも恵まれた彼はその道を突き進み、期待のホープだった。自分の夢を的確に捉えその夢にまい進する人間というのは、自分が何が好きで何が出来るかすら知らないガキから見るととても輝いて見えるもので、その彼もそうだった。同年でも彼だけは僕より成熟していたし、夢を追うリスクをも理解していたし、その夢を叶える可能性がどれだけあるのかすら理解していたのだと思う。結局彼は目の怪我で引退するのだけど、彼の引退を知ったの家族と僕とジムの関係者だけだった。当時僕はまだ社会にも出ていない21か22のガキでで、この先に何が待ち受けているのかも知らなかった。彼も21か22で、すでにその人生を歩みきっていてた。
 スポーツ選手の寿命は短い。それだけに特別な存在であり、尋常ではない努力をするのだから、尋常じゃない報酬を得るのも当然だと思う。他の人には出来ないことをしているのだから、名誉も名声もつかむ。その分、日本代表としても、自分のためだけではない何かのためにも必死に戦った。「これからも日本のサッカーのために力を貸して欲しい」なんて声を聞くけど、その言葉には賛成しかねる。やっぱり他人が言うべき言葉、かけられる言葉は「お疲れ様でした」だけだろう。
 が、僕の友達の例とはちがくて、中田選手はフットボールの道を歩みきっていてない。ブラジル戦を見ても一番走っていたのは中田選手だし、技術は衰えるわけではない。選手としての限界まだ先にある。中田選手本人が言っている様にフットボールへの情熱、気持ちの問題なのだ。だからこ引退を惜しむ声は多いのだろう。ジダンの様に本戦が始まる前に発表していれば、日本の戦い方も違っていたかも知れない。見ている人も、選手たちもちがった気持ちで試合終了のホイッスルを聞いたはずだ。でもまあ、いくら言っても仕方ない。よく考えると僕らが海外のフットボールを見れるようになったのは中田選手のおかげである。感謝こそすれど、彼にこれからの日本のフットボール界の責任を背負わせてはいけない。

Trackbacks

Comments

Comment Form

yesno
< 反省が足りないのだ。 | top |