保険て便利だよね。

 で、その病院で働いていた時、色んな事があった。エレベーターに乗ろうと思って待っていたら、ドアが開いたら真新しい仏さんがいたりしてね。痴呆症の患者さんにはなぜかいつもヨシエちゃんと呼ばれていた。
 ある日、朝の見回りをしていたら、トイレの前が血の海になっていた事があった。よく見ると血の道が個室まで続いていて、たどっていたら血だらけで寝てる老人がいた。夜中にトイレに行きたくなって、点滴をしていることを忘れて、また針がはずれた事に気づかずに寝ていたらしい。血というのは絨毯につくととても掃除のしにくいもので、どんな薬品をつかっても取れない。そういう時は大根おろしが役に立つ。大根おろしの汁が血液を分解する働きがあって、染みが付いた部分に乗せておくと血を吸ってくれるのだ。
 ある雨の日、喫煙室の灰皿を掃除しようとしたら、車の事故で入院している患者さんに呼び止められた。掃除しながら色々話をしていたら、こんな事をいう。
「俺さあ、今無職なんだよね。俺保険入ってるからさ、入院していたらさ、一日15000円出るんだ。だから俺、退院したくないんだよね。ここにいた方が儲かるんだもん。寝てるだけでさ」
なるほどなあ、と思った。そう言うこともあるのか、とその時思った。
 さっきの仏さんの話じゃないけど、病院というのは同じ瞬間に人間が生まれたり、死ぬ所である。その時思ったのは
「生きているというのは実に中途半端な状態なのかなあ」
って事。ちょうどそのときは僕のモラトリアム時代で、色んな事が待ちかまえている事を解っていて、その事々にびびっている時でもあった。(大阪に行く金を貯めていたんだ、そのバイトで)その患者さんもある意味「入院期間」というモラトリアムの時期で、先に大変な日々がまっている事を知っていて、そんな事を言ったのだろう。退院して、就職して、また生活を軌道に乗せるのはそう簡単な事ではない。でも、解っているんだ。いつかは出て行かないと行けないって事。そして大きな宿題を抱えながらの小休止では心が安まることは決してない。その気持ちを心の奥底に隠しながら、それでも先の悩みから逃れたい気持ちを僕はとてもよく解った。当時の俺とダブっていた。その人は30代前半の大人で、(当時の俺から見ればね)とてもしっかりした人だった。年取っても人間の悩みって変わらないのか、と僕はその時悟った。成長しねーのか、と思ったのを覚えている。
 灰皿を掃除し終わって、僕が喫煙室から出ようとするその患者さんは
「俺が事故った日はさ、今日みたいに雨だったんだ」
と言った。僕は
「そうですか」
と言いながら部屋を出た。心の中では
「そんな大人には絶対ならない」と誓った。
 生きているのは中途半端なのかどうか、今では解らない。当時は
「生きているのに何をやってるんだ。止まってんなよ」
と真面目に思っていたけど、きっとそれはその人にとっての成長期間でもあったのだろう。

投稿者 yuki : 00:54 | 2005.09

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