2006/12/28 木 | 2006.12
今年
「今年は暗いニュースが続いた暗い一年だった」
「今年は社会の捻れが露わになった一年だった」
「今年は日本という国の暗部が表にでた一年だった」
「今年は教育と命の価値が再考された一年だった」
「今年は現代がおかしい事が立証された一年だった」
僕が社会人になり自分の責任を自分自身で負う様になってからやっと社会の事を気にしだした。学生時代の僕は親に守られており、それなりの苦労はしたがそれでも社会の厳しさとは関係のない所にいた。で、社会にでてから上の様なコメントが毎回年の瀬を飾った。
モラルの低下、インフレ、運動能力の低下、学力の低下、政府の不正、警察の不正、国の借金、猟奇的犯罪、政治不信、家庭崩壊、売春の低年齢層化、覚醒剤、暴力、戦争、戦争犯罪、大企業の不正、管理不足による悲惨な事故。毎年のように反省するべき何かがあって、毎年の様に「良くない何か」がある。国というのは常にダメでどこか破綻している。僕らは「現在はあきらかにどこかおかしい」と思ってはいるが、僕はついに気付いちゃいました。おそらく「基本どこかおかしい」なのだ、きっと。どの時代でも、その時代を生きる人は「この社会はおかしい」と思っていて、どの時代でも「もう終わりが近い」と思っている。
そこで絶対出てくるのが、昔はよかった的な発言。
「昔の先生の方が体罰のやり方をしっていた。愛情がこもっていた」
「昔のいじめは今ほど陰湿ではなかった」
よく考えるとそんな事は全然なく、僕の時代でも先生に殴られて鼓膜が破れた奴もいたし、いじめだってあって、それが苦で自殺したニュースもあった。たしか部活でしごかれて死んだ奴もいた。いつの時代もきっとおかしかったのだ。
「ALWAYS 三丁目の夕陽」を見たときにそう思ったんだよね。「戦後復興のあの時は町内みんな友達でみんな明るく真面目で違いに互いに助け合い明日に夢を抱いた」的な事を描かれても、不自然すぎておかしかった。当時は今以上に厳しい格差があったハズだし、社会は殺伐としていたハズだ。
ま、現代ではその時代なりの悩みもある。今ほど無修正画像だって簡単に見れなかっただろうし、情報だって図書館に行かないといけなかったし。犯罪も時代性を写すわけだから、その時代の犯罪になる。過去のものと比べると軽いものに見えるかも知れないけど、底辺に流れる犯罪を行う可能性は同じハズだ。
だから、あんまり悲観的にならない方がいいのかなあ、なんて思う。今年は最高ではなかったけど最低でもないし、それは来年も同じ。
Comments