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亡国のイージス

 で、昨日はテレビで「亡国のイージス」をやっていたね。ジャンル的には政治的な内容にアクションを交えながら、尚かつ哲学的な要素をも含めた上手い作り方の映画である。それにとどまらず、日本の俳優陣のイイトコロをごそっと使ったキャストが豪華すぎてクラクラします。が、物語の中心的な部分を担う役をそんなに有名ではない俳優にやらせる所もまたいいです。
  国の定義を問うという非常に哲学的な考え深い映画でありながら、その中身は真田広之の「ダイ・ハード」という、実にアンバランスな要素を完璧に融合したのがこの映画の面白い所。

「平和な世の中で、国に何の意味がある?」
「平和というのは戦争と戦争の間の隙間なんだよ。日本はその隙間に60年も浸かっている。俺はそれでいいと思う」
「日本人はいつになったらこれが戦争だと気付くんだ?」
「今日、何人の子供が死ぬと思う?」
「忘れ物だ」(見た人はわかる)
という重いセリフがありながら、真田広之が泳いだり、戦ったり、人を守ったり、正義を語り、銃を撃ったり撃たれたりする。
 この映画には原作があって、原作を読んだ人なら2倍楽しめるだろう。実際映画を見ても「???」と思う場面が多い。時間の都合もあるだろうけど、やっぱり潔すぎる編集のせいである。想像力で補えよ、ってことか?とはいえ映画とはしては良作であって、見る価値のある一本である。

 バブル以降、文化もモラルも人間価値も堕落し、「亡国」と化した日本。命をかけてこの国を守る意味があるのか?平和ぼけは悪い事なのか?その前に「平和」ってなんだ?戦争ってなんだ?国防ってなんだ?真田広之みたいな人材が自衛隊に本当にいるのか?

父親たちの星条旗

 イーストウッドの新しい映画、「父親たちの星条旗」を見てきた。この映画は第2次世界大戦の分岐点とも言われているあの有名な写真が撮られた戦場。この1本はアメリカ側からの視点で描かれたもので、12月に日本側の視点から描いた「硫黄島からの手紙」が公開される。
 イーストウッドの映画というのは主張をせずにさらっと描くのが特徴。「ミスティック・リバー」もそうだし、「ミリオン・ダラー・ベイビー」もそうだった。今回のこの映画では戦争映画でありながらも、あの有名な写真に写っていた人物達のその後を描いたドラマになっている。
 硫黄島での戦いにおいて、日本軍は5日で落ちるだろうと予想された島を45日までに守り粘るという根性を見せながらも最後はバンザイ攻撃を行って全滅している。戦後の兵士のその後を描けるなんて戦勝国だからじゃねーか!と僕は思っていたのですが、日本兵の変な描写は一切なく好感。僕がこのブログで取り上げた「東京ローズ」の描写もあって感動。本当の音源ではないだろうけど。
 第二次の僻地での戦いを描いた映画を見ると、いつも
「なんでこんな所を必死で守っているのかなあ」
と思う。戦略的な意味はもちろんあるだろうけど、何もない硫黄島のためになんで戦うんだ?と思ったけど・・・。ま、硫黄島はれっきとした日本の国土であって、そういう意味ではサイパンやグアムとはまったく違う意味合いがあるのだろう。精神的なものだろうけど、あの写真が戦況を左右したように、精神的なものは多くのものを変える力がある。
次作の楽しみである。

なにはともあれ

 とりあえず連敗をしなかったということで、まあOKかな。どっちのチームから見ても勝てる試合を落とした感があるだろうけど、それだけ実力が拮抗しているということかなあ。とはいえ総合力では分が悪い感は否めない。若さ、個人技では負けていても、体力とビジュアルで負けてはいけません!(こっちも分が悪い?)厳しい日程が続きますが、ハッキリいうとこの先に楽な道なんてない。僕らが目指している道はそういう道だ。それを知っていて目指しているんだ。その覚悟があってのチームである。自分を信じて、チームメイトを信じよう。

教育ってなんだ?

 なにやら高校生が大変な目にあっているらしい。卒業に必要な科目を学んでいなかったという、笑うに笑えない事件でニュースは持ちきりである。度々とりざたされる学力低下だけでなく、日々のニュースを見たり、町中をフラフラしている若者を見ると「世の中が全体的にバカになっている」感はある。
 僕の会社は本屋をも経営していて、今日その店長と少し話した。最近、本屋でもっとも売れない商品は辞書と参考書らしく、その売場を縮小して代わりにコミックを置こうと考えている、と言っていた。辞書が置いてあった所に漫画が並ぶなんて、そのまま世相を表して皮肉すぎて怖いと思った。辞書はインターネットに喰われていて、参考書に関しては「参考書まで買って勉強しようと思う学生が少ない」というのが理由だそうだ。何年か前までは、バカは馬鹿なりに勉強していたけど、最近はでは良く勉強する生徒と、まったく勉強しない生徒に別れているのだそうだ。
 日本は腐り始めているのだろうか。どんな社会でも文化でも、いつかは廃退する事は当たり前だけど、誰もが自分が生きている間にそんな事になるわけはないと思っている。腐敗が水面かをじりじりと進んでいる間にも、誰もが気付かずに過ごしている。教育というのは人間育成の根本的な所なのに、そこが曲がっていてはまっすぐな国が成り立つわけはない。どこに責任があるのか・・・。

 

真の野生児

 FLORIANO'では野生児の名を頂いている僕ですが、この度そういう本を読んで、これが大変面白かった。野生児というのは、子供時代から人間と隔絶された世界で育ち、人間の社会的行動様式や言語に触れないまま育った子供の事をさす言葉である。都市伝説レベルで誰もが聞いた事があると思うけど、狼に育てられた少女がいるとか、犬に育てられた子供がいるとか、そいう噂話のネタにはなっているが、実際に報告された件も、研究された事件もある。
 幼児虐待のニュースで最近あったと思うけど、夫婦が子供を部屋に監禁してろくに食事を与えず、警察に捕まった事件があった。半年前ぐらいかな。その時の女の子の年齢が13歳でありながらも、精神的、知能的には5,6才の程度であった。この事実は実は研究の対象になっている。なぜなら
「人間は生まれもって知性と理性を備えているのか、それとも動物と変わらず、環境によって人間性が形成されるのか」
という事が明らかになるからである。とはいえこういった研究は人体実験の側面があって、人権問題、倫理的に、または個人を守るためにオープンになることはなく、タブーとされている。
 過去にあった野生児のケースを読んでいると、とても面白いんだけどなんだか見てはいけないものを見ているようで、非常に複雑な気持ち。人間の人間性というのは育つものなのか、持っているものなのか・・・。逆をいうとどんなに洗練された人間の中にも獣の部分があって、本能に限りなく近く、暴力などが代表的な行為だろうか。怖いよ。

知らないことの怖さ

 案外簡単なのに敷居が高そうに見える世界といえば、パソコンの世界である。今日僕のパソコン君がご機嫌を曲げてしまって、ONスイッチを押してもうんともすんとも言わない。????朝からちょっと嫌な気分になるオレ。
 僕のパソコンはオンラインで自分が選んだパーツを元に組み立てて、家まで届けてくれるサービスを行っている某有名メーカー。千葉に店舗があるので今日持っていったところ、どうも電源ユニットが原因ではないかとの判断が下った。もちろん、修理希望の俺。対応してくれた店員が言う。
 「そうっすねえ、電源のユニット交換で大丈夫っすね。ちょっとこれは保障が切れているので、料金かかっちゃいますねえ。うちで修理希望となると、一回全体的なメンテナンス入るので1万円、工賃で1万5千円、電源ユニットが5千円なんで、まあ3万円近いですねえ」
1万ちょいぐらいは覚悟していたオレ。3万円?なにそれ?というわけで電源ユニットだけ買って自分でやることに。
 家に帰って、パソコンを開ける。ちょっと大変なことになるかなあ、なんて思いながらやると5分で作業終了。しかも一番大変な仕事はホコリの掃除という難易度。恐る恐るスイッチを押すと、・・・直っている!頼まないで良かった!
 自分が知らない世界の事ってついつい判断を任せがちだけど、今回の件の用に勉強すれば無駄な金を払わないで済む、ということって案外多いかも知れない。知っていると知らないでは雲泥の差があって、これは生活のどの場面でも言える事である。とても基本的でありながらも、「知る」というのはそれだけ崇高な行為なんだよね。出資を削減できたというレベルの話ではなく、もっと広い意味では生きる上での意義かもしれないね。

あともう少しだったのに・・・

 終了まであと30秒。ボールをもった僕はCにパスをして、後ろを通りながら右サイドに移動。ベッキの位置でボールをもったCが
「最後勝負をかけるぞ!」
とみんなに声をかける。なんだかテンションが上がる俺。どう考えても俺に走れ!って事でしょ?僕はまるでオフサイドトラップを避けるかのように横に走りマークを振り切る。横目でCが足を振りだしている事を確認して、90度方向を変え、今度は縦に走る。そんな僕の動きを予想したかのようにCの蹴ったボールは僕の少し前に落ちる、相手選手はみんな後ろ、キーパーと1対1。その時周りの音は消え、僕とキーパー二人だけ。後ろから追いかけてくるディフェンスもいるハズだが、今はどうでもいい。コースを狙うか、ループを狙うか、それとも力いっぱい蹴るか。そんなの思いきり蹴るにきまってるじゃん!なんて思いながらシュートを蹴ろうとすると、なにやら様子がおかしい。僕の周りが真っ暗になっていて、キーパーの後ろにあるゴールが、まるで何キロも離れいているかのように小さく見える。というより、野球ボールでも入らないぐらい小さくないか?遠くて蹴っても入らないよきっと・・・・。
そういえば、トラップも上手く行かなかったからボールが足下に入りすぎているよ・・・。
試合前のシュート練習ではあんまり入ってないし・・・
良く考えたら今週の練習でもあまり決まっていない・・・
いや、まてよ、うまく決まった事って今まであったっけ・・・
やっぱトゥはやめてコースを狙った方がいいかなあ・・・
狙ってもコース行かなかったらどうしよう・・・
いや、行かない可能性の方が高いなきっと・・・
でもあんまり悩んでいる時間ないし・・・・
最近体調悪いし・・・・
帰ったら仕事あるし・・・
あれ?やっぱり周りが暗くなってるなあ・・・
あれ?ボールどこいった?
あれ?俺だけセカンドユニを着ていないか?
退場?



とここで目が冷める僕。首周りが汗だらけになっている。夢。デンジャラス戦で外したのがトラウマになっているみたい。

GOAL!が案外いい感じだった

 このブログで数度取り上げ、決していい取り扱いをしていなかったサッカーの映画「GOAL!」を見た。監督が変わったり、ADIDASと契約したり、06年大会の決勝戦をそのまま撮影したり、1本目の公開前から3部昨だと発表したりと、大コケ要素満載の映画だったが、見てみて案外いい感じであった。上記の不安要素からぼくはいい感じのバカ映画を期待していたけど、良くまとまった佳作になっている。
 ストーリーこそはシンプルで、今までの映画で何百回と使われてきたスポーツドラマ+シンデレラストーリー+家族愛になっているけど、その潔さがいい塩梅に映画わかりやすいものになっている。ADIDASの広告だらけかと覚悟していたがそうでもなく、好印象。イングランドの町並みや空気感がとてもいい雰囲気を醸し出しているし、なによりフットボールに対する愛情みたいなものを感じるのがいい。こうなったら「2」もありだな。

傷に染みる

 それにしても負け試合で作った擦り傷は余計にしみるものである。今日は流れが良かっただけに残念。勝ち点が指の間からこぼれ落ちるというののこういう事をいうのか。いつも思うけど、ちょっとの差。そのちょっとの差が全てを決めるんだよね。チームとしての結果とはいえ、個人のデキで決まるものもある。・・・反省。次は勝つ。

4年

 僕が初めてフットサルボールを蹴ったのは4年前の今頃である。02大会が閉幕し、季節が秋から冬映っていく、ちょうど今頃だった。なんでフットサルをやろうと思ったのか、当時の心境はどんなものだったのか、良く覚えていない。02大会のあの特殊な熱の影響だろうと自分では決めつけてはいたが、良く考えたらそうでもない。当時の僕のライフスタイルや会社での地位も関係あるだろうけど、サッカー経験者でもない僕がなぜ「フットサル」だったのだろうか。なんの前触れもなく自分の中で生まれた「フットサルやってみたい」という想いは僕自身を変化させ、不思議な事にその気持ちは今なお変わらない。
 金曜日の20:30、from9、渡辺か鈴木、黄色いケルメのアイツ。色々あった。色々思い出せる。
 それから程なくしてFloriano'が結成され、色んな人が入って、色んな人が出ていった。たくさんの試合を戦って、勝った数と同じだけ負けてきた。当時の僕も今とほとんど変わらないプレイスタイルで、バカみたいにボールを追いかけていた。あれからもう4年も経つのか・・・。
 
 僕がいないチームが今日、僕なしで勝った。勝ってくれた。僕がいればもっと勝てた、もっと点取れたという自信を持っていなので言えない。複雑な想いがありながらも、純粋に嬉しいこの気持ちはいいのか悪いのか。とにかく頑張っているみんなを見ると何故か笑顔になってしまうこの感情は大人になった証?ベンチに慣れた証?いやいや純Floriano'産だからでしょう。

化け物の文化誌展

 上野の国立博物館で「化け物の文化誌展」という素敵な催しをやっているようだ。僕的にどうしてもみたいのは
「人魚のミイラ」や「天狗のミイラ」や「河童のミイラ」
という国立博物館にそぐわないオカルト丸出しのラインアップである。
 僕らが生きる原題では妖怪というのは漫画の中での存在なのだが、妖怪というのが当たり前に存在していた時代がある。それらはもはや生活の一部で、多くは土地の風土や生活習慣に対する意味合いとして存在していた。一人で夜出歩いては危険、夜の川は危険等、そう言った教訓的な意味での存在だった。科学の発展とともにいつしか「迷信」の中に埋もれていくのだけど、それまでは人々の中にたしかに存在した。日本に独特なものが多いのは、自然に対する認識が繊細だからで、これはとても面白い現象である。自然の驚異に対する恐怖がこういった迷信や妖怪を生む一番の土台だけど、日本の場合にはそれにちょっとした可笑しさや面白さがあることが特徴。だから面白い。
 今回展示される人魚のミイラ等はもちろん偽物。魚の剥製に猿の頭蓋骨をくっつけたようなものが多い。原産国は日本で、実は輸出もやっていたようで、あの大英博物館に展示されたものもあった。贋作を大まじめで作っている所に、日本人の独特なロマンチシズムがあって最高じゃないか。贋作とはいえ、ある種の人から見れば「芸術作品」になる。
 この文化が一番栄えたのは江戸時代。化け物の分類や比較の根拠となった有名な「山海経」など中国の書物が日本に入って来た時である。同時に西洋からの文明が少しずつ入り、その中には誰もが見たこともない化け物の姿が描かれた書物もあった・・・。近代の足音を聞きながらも、今以上に夜闇が暗かったろう江戸時代。そんな闇の中を妖怪たちが行き来していた。楽しそう江戸時代・・・。

表現

 今日は美容院に行った。「美容院を予約する」という事がどうも気取っているように感じて、いつも電話して「今からでも大丈夫ですか?」と聞くことにしている。おそらく迷惑な客である。
 僕がお世話になっている美容院には公式サイトがあって、そのサイトでスタッフの公休日をチェック出来るようになっている。僕の担当をしてくれているスタッフが3連休あけの出勤だったので、
「どこか行っていたんですか?」
なんて聞いてみると、コンテストに出ていたという。出場するのも大変で、約3ヶ月間毎日仕事を終えてからモデルと打ち合わせを行っていたらしい。僕はいたく感心しちゃった。
 おそらく仕事でのカットと作品としてのカットとは全然違うものだとは思う。けど、それでも毎日仕事として行っている行為を、ちがう道とはいえ表現として行えるなんて羨ましいと思った。僕は好きなものを仕事にする事は決していいものとは思えなかったけど、なんだか考え方が変わったなあ。

DVD

 いつも試合のDVDを作ってくれる親父さんから電話があった。実は先週の試合後すぐにテープを持っていったのだが、あいにくパソコンが壊れているとの事。申し訳ないが1週間はかかります、との事だった。僕もそう掲示板に書いたのだが、昨日の電話で、
「明日にはできるよ」
とあったので、取りに行ってきた。
「パソコン早く治ったんですね〜」
なんて世間話をはじめたら、
「いやー、試合の内容を早く見たいだろうなあと思って借りて来ちゃったよ〜」
と言われた。
「すみませんねえ、ありがとうございます」
なんて恐縮しながら礼をいいながら店を出た。
 推測ではあるが、親父さんは僕らの試合を見ている。僕がDVDを持っていくまでは恐らくサッカーをも知らなかったと思うけど、見ている内に興味が沸き、なんだか少し楽しんでいる気がする。そんなふしがある。向こうには仕事上の倫理的なものもあるから
「DVDはあれですか、見ちゃったりすることもあるんすか?」
なんて聞けないけど、きっとそうだと思うんだよね〜。こりゃ思わぬところでファン誕生か?

翼くんの本当の姿

 というわけでかなり局地的にキャプ翼で昨日は盛り上がった。いくら書いても読んだ事のない人にはキャプ翼の本当の素晴らしさは分からないので、どうしても最後は「是非読んでみて下さい」で終わってしまうのが普通だ。だが、実を言うと、「キャプテン翼」の主人公であり、日本サッカー界の目指すべき星である大空翼は決して魅力的なキャラクターではない。というより、薄っぺらい。ティッシュの様に薄っぺらで軽い存在なのだ。なぜなら、翼くんほど内面を描かれなかったキャラはいないからだ。
 翼君の内面はおそらく

90% ボールは友達
5% ロベルト本郷
2% 早苗ちゃん
2% 石崎くん
1% 岬くん

 で構成されている。設定的には父が船乗りなので年に何回も会えない、早苗ちゃんとの恋、子供の頃にサッカーボールに命を助けられた等、いい感じにドラマに出来そうな所があるがそこを深く描かない所がジャンプコミックたる所以か。それを補うのが日向の「貧乏」、三杉の「心臓病」、岬の「家族」だったりする。翼がいつも笑顔でいられるのは周りのみんなが負の要素を被ってくれるから。翼がサッカー以外の何かで苦しむのは早苗ちゃんをボクシングのヤツに取られそうになる所ぐらいかなあ。そこまでいくと不自然であって、その一番の不自然さは大人になった現在連載中のオリンピック編。体は大人になった翼達だが、顔はそのままで体だけが大きくなっている。もう12〜13頭身である。しかも、顔はそのまま。体は大人だけど、顔はそのままなんだよね〜。良く見るとすごく不自然だが、ずっと見ていると不思議となれてしまう。このちぐはぐさがキャプテン翼の魅力でもあるけど。

キャプテン翼

「クッ!ガッツが足りない!!」
という一言に反応するかどうかでその人の年代を当てる事が出来る。キャプテン翼はサッカー漫画ながら、サッカーというスポーツの枠を軽〜く超え、おそらく人体の運動能力をも超え、日本ではサッカーそのものよりも有名になった。これは幸か不幸、微妙なところである。
 今ではバルセロナの選手たちとも軽く会話をかわし、フットサルをも題材にできる程のサッカー通になった高橋先生だが、キャプテン翼を書き出した頃はサッカーの事を何も知らなかった事は確実である。それゆえの無茶な描写やルール、必殺技のオンパレードは想像力のなせるもの。サッカーを知っていたら「スカイラブハリケーン」なんて技は思いつかないし、ツインシュートという発想は生まれない。わざわざゴールバーにボールを当ててそれをオーバーヘッドで入れるなんて不合理な技は思いつかないのだ。これら全ては空想以外の何者でもないけど、読者の心をガッチリとつかんだ事には理由がある。
 スカイラブハリケーンの練習で、友達を踏んでしまった人は多いハズ。重力に負けたボールを
「ドライブシュートだ!」
と言い張った人も多いだろう。ボールを力一杯蹴る時に「ハッ!」と自分で声を出した人もいるだろう。キャプテン翼の面白い所は、サッカーという競技の本質を超え、本物よりも愛された所にある。読者が愛するのはサッカーの漫画だからではなく、それをも超えた独特な世界観だから、なのだ。本末転倒なこの現象は独特すぎて面白い。なぜなら、その影響が強すぎるからだ。
 日本サッカー界の最終目標は
「日本人のバロンドール受賞」
「Jリーグが世界有数のリーグになる」
「W杯優勝」
なんてものではなく、
「翼の出現」
以外にはないのだ!だって、世界一のプレイヤーも、世界大会での優勝も翼くんがやっているんだから!

 と、ここまで書いてやや熱くなっている俺。今思えば僕もサッカーをやる前に漫画を読んだパターン。もちろん、スカイラブハリケーンも三角飛びセーブもやった。サッカーを見るガキでもなかったから、本気で翼の世界はあるんだと信じていたのかも知れない。

 キャプテン翼という漫画はサッカーとはちがうけど「限りなくサッカーに近い何か」で人気を得た。が、その底にあったのはサッカーへの純粋な想いだと思う。ロベルトが翼に語る
「翼、サッカーは自由だ。グラウンドの真ん中でボールをもったらどうする。パスをしたっていいし、ドリブルもどんな方向にでも出来る。シュートを打ったっていい。サッカーは自由なんだ。俺はそんなサッカーが大好きだ。だから翼にもサッカーをやり続けるならば、誰よりもサッカーのその楽しさを愛して欲しい」(うるおぼえ)
という一言に、サッカーが何故世界中で愛されているのか、その理由がある気がする。サッカーを理解していなくても、サッカーの心理をつかんでいた高橋先生は偉い!
 翼と高橋先生がCMで競演!ていうyahooニュースを読んだときは高橋先生の短パン姿を想像しちゃったのは俺だけ?

快勝! 

 いやー、やりましたね〜。勝ちました。良かった。CLでは負けていたのでリベンジと言った所ですか。点差が開いたゲームにはなったけど、チャンスはもっと多かったので、もっと取れたのかも知れない。とはいえチーム的には互角、個人技では向こうの方が上、という感じだったので、気持ちで取った勝利だと思いたい。これからも厳しい試合が続くから、気持ちだけでは負けないようにしましょう。

みんなお疲れさまです!

 いやー、よくやってくれました!エラい!ありがとう。連敗なんてしてしまった日には今後の試合が消化試合になっていたのかも知れないので、非常に素晴らしい事です。消化試合をしに柏までいくなんて拷問以外のなにものでもないので、うれしいです。僕は仕事をしながら結果が気になって気になって。念を送ることしかできないもどかしさと言ったら・・・。みんなの勇姿、戦いっぷりはビデオで見ようと思います!お疲れさまです。

タブー

 たしか先週の土曜日だったと思うんだけど、めちゃイケ!を見ていたら芸能人が中学生レベルのテストを受ける人気企画をやっていた。とんちんかんな解答を笑うのがこの企画の趣旨で、常人では考えられない本気かどうか分からない答えがたくさんあって、面白かった。
 芸能人の学力や知能レベルというのはいつからオープンにしていいものに変わったのかなあ。僕の中では芸能人の知能能力というのは聖域で、それをテレビで見せるなんてタブーだと思っていた。
 土曜日のTV朝日で香取慎吾がやっている番組に英語を覚えるという企画があった。これを見ていると誰もが、
「あ、SMAPというのはやっぱり学校行っていないから●●なんだ・・・」
と思ったはずだ。もちろん僕もそう思ったけど、香取慎吾が問題に答えられない度に見てはいけないモノを見ているようで、こっちが恥ずかしかったのを覚えている。この時からこの疑問を持ち出した。私生活をも売らないといけない芸人ならともかく、人から憧れ、イメージが全ての芸能人がそんな事をしていいのか、と。 ウラを返せば、親近感が沸いて人気が出るという考え方もあるけど・・・。普通に引いちゃうのは俺だけ?

邦題

 海外の映画を日本で公開する時に、より客の興味を引きそうなタイトルに変える事がある。それを邦題という。原題をそのまま訳したり、原題とはまったく関係ないタイトルを付けたり、原題をそのままカタカナ表記にしたりと、パターンは多くある。が、最近では日本独自のタイトルを付ける事は少なく、原題をそのままカタカナ表記にしてしまう事が多い。
 邦題を付ける、といえば水野晴郎事マイク水野である。映画宣伝マン時代に意図的に誤字を使い、
「真夜中のカーボイ」(カウボーイが正しい)
「007危機一髪」(一発)が正しい)
とキャッチーなタイトルを付けた。他にも
A few more Dolarsを「夕陽のガンマン」
The Longest Dayを「史上最大の作戦」
があって、いわば邦題の歴史の中の第一人者である。
 邦題を付けることはある意味では冒険である。目的としては魅力的であって、尚かつ内容を簡単に伝えられ、格好良くないといけない。失敗はいくらでもあって、僕は格好悪いと思うのは

@ハリソン・フォード主演 What lies beneath →「ホワット・ライズ・ビニーズ」
  原題の意味は「底に隠れているもの」みたいな意味があるらしけど、それをカタカナにされたってまったく分からない。
ATHE PRINCESS DIARY →「プリティ・プリンセス」
  「プリティ・ウーマン」ありきの邦題。監督が同じだけで、まったくつながりはないのに。プリティ・ブライドも同罪。
B「沈黙の〜」シリーズ
  もはやセガールが出ているだけで沈黙とつけるのはどうかと。
C KARATE KID→ 「ベスト・キッド」
  なんで「空手」の部分を無くしたのかが理解できない。
D Napoleon Dynamate→「バス男」
   電車男を思いっきり意識。傑作なコメディなのにこれでは誰もみない。
E 17歳のカルテ
   おそらく青春っぽい感じを出したいが為の「17」だけど、主人公は18歳で矛盾。カルテと言う部分では病気をそれとなくアピールしたいんだろう。
F  Four Weddings and a Funeral→「フォー・ウェディング」
    葬式はどこ行った?しかも文法的に間違っている。
G MY big fat greek wedding→「マイ・ビッグ・ファット・ウエディング」
   ギリシャ人とアメリカ人のカルチャーギャップを楽しむコメディなのに、greekを外したら意味がない!


逆に格好いい
@ STUCK ON YOU →「ふたりにクギづけ」
  主人公2人がシャム双生児と言うことで、ギャグにもなっている。
A MAR ADENTRO→「海を飛ぶ夢」
  映画の内容とマッチしている上、詩的な要素もあって尚かつシンプル。
B Bonnie and Clyde→「俺たちに明日はない」
  最高のセンス
C Meet Joe Black→「ジャック・ブラックをよろしく」
  Meetを「宜しく」に訳す所にセンスがあって格好いい。

 英語をどう日本語に訳すかというのも面白くて、今度取り上げ見ようと思う。

最終回

 世の中には「ネタバレ」という概念があって、映画、ゲーム、小説などのストーリーがあるモノの途中経過や結果、隠し要素などをオープンにして話し合うことである。映画の世界ではその映画を楽しめるか楽しめないかの大事な分岐点で、ネタバレはある意味タブーである。「結末は話さないで下さい」等の広告が流行った時期もあったし、情報の共有がしやすくなったネット界では、ネタバレあり、なし、の立ち居地をハッキリさせることは大事である。
 実は昨日、草なぎ剛の番組で、ギリギリ王というのをやっていた。アニメの1シーンをデッドラインにして、早送りで誰がよりその1シーンに近づけるかを競う小学生レベルのゲームである。そのアニメは名作「フランダースの犬」である。最後の最後にフランダースが天使に連れて行かれるシーンがデッドラインであった。そんな話はどうでもよく、よく考えるとこれもネタバレの一種である。僕は一度もこのアニメを見た事はないが、この最終話の最後のシーンだけは何回も見ている。どれもこういったゲームやクイズ番組でのことである。おそらく
「誰もがみている」
という判断のもとでの選別だったんだろうけど、僕みたいに見ていない人も多くいるはず。見ていない人にとっては迷惑千万な話でありながら、そんなのは見ていない人が悪い、で済む話でもある。ただ、ある程度の寝かし期間が必要なことも事実で、その時間の判断が難しい。
 あくまでも僕の尺度なんだけど、シャマラン監督の「シックス・センス」、「ヴィレッジ」、「アンブレイカブル」はもちろんダメだし、「セブン」もダメ。「猿の惑星」当たりがギリギリかなあ。いや、「猿の惑星」はあのラストありきなので、やっぱりダメか。
 ここまで書いたら、やっぱりネタバレはどんな古いものでもダメだなー。

核実験

 昨日のお気楽な日記が吹き飛んじゃう北朝鮮の核実験、やってくれたねえ。国としていつ潰れてもおかかしくない状態の中、思い切った行動に出たもんだ。辛うじて国際社会と繋いでくれていた中国のメンを丸つぶしにした訳だから、支援がないままで国内はもっと悪くなっていくのだろう。インドいやパキスタンの様に核を持つことで国際社会の中での立ち位置を得るつもりが、よけい仲間外れになってしまった。が、手負いの獣ほど怖いものはない。崩壊をさとってヤケクソにでもなられちゃったら何をしでかすかわからない。となると、「やられる前にやれ」になってしまって、これも怖い。もしかしたらアメリカも「やられる前にやっちゃえ」になってしまうかもしれない。どっちに転んでも日本には影響があるので、本当に怖い。
 ま、北朝鮮からすればアメリカに
「俺はいいけど、あんたは核もっちゃダメ」
なんてジャイアン主義的に言われてもそりゃ納得できないのだろう。

 ニュースを見ると当事者以外の誰もが
「大変だなあ」
と他人事に思えちゃう所があって無責任に見れるけど、今回のこのニュースは地域なんて関係なく、日本国内にいる人全員に関係がある。開戦ともなればそりゃ大事で大変だけどそれだけでなく、日中関係や日韓関係にも影響がある。どっちに転んでもただではすまない。他人事じゃないニュースってなんだか本当に怖い。何もできないだけに。

ジャック・ブラック

 現在ハリウッドでもっとも熱い俳優といえば誰がなんと言おうと、ジャック・ブラックである。代表作はおそらく「スクール・オブ・ロック」。傑作である。大ヒット昨と言えば「キング・コング」(06)だろうけど、「スクール・オブ・ロック」のジャック・ブラックが一番輝いていて、一番味を出している作品である。
 写真の俳優がそう。お世辞にも格好いいとは言えないタイプだし、当たり役となった「ハイ・フィデリティ」では音楽オタクの役を地のまま演じている。よく言っても「動ける面白いデブ」止まりなんだろうけど、スターに成り上がったから面白い。ジャック・ブラックが出ている映画を見れば、ストーリーは覚えていなくても「あのデブは面白い」という感想が圧倒的に多いのが特徴。とにかくインパクトが強すぎるのだ。
 このジャック・ブラックが今度「ナチョ・リブレ」という映画に主演する。貧乏な孤児院の神父が子供達に飯を食べさせるためにプロレスラーになるという涙なしでは見れない一本になっているそうだ。とはいえ、ジャック・ブラックの事だから、抱腹絶倒のコメディになっているはず。楽しみだ。見たことのない人は「スクール・オブ・ロック」だけは見てくれ!


アメリカのサッカーとベッカム

 代表からはずれ、レアル・マドリッドではベンチに甘んじているベッカムにメジャー・リーグ・サッカーからのお誘いがあったようだ。サッカー不毛の地と呼ばれるアメリカだけど、潜在的なマーケットとしての魅力はやっぱりあるみたいで、例え「第一線を退いた」というマイナス要因があったとしてもベッカムはその掘り起こしに役に立てるって事だろう。それにしてもベッカムほどマーケティングという付加価値がある選手もいないだろう。ベッカムは言うまでもなくADIDASの広告塔。アメリカ行きの裏には絶対にADIDASがいる。なぜなら、ADIDASはアメリカ市場を開拓したいからだ。ベッカムの背番号が「23」なのも作戦で、アメリカ一有名なスポーツ選手マイケル・ジョーダンを連想させるためだと言われている。恐らく本当だろう。MAN U時代も、現在所属のレアルもアメリカ遠征を行っているし、今後のサッカー市場としてのアメリカをどのメーカーが先に取るか。激しい戦いを繰り広げているNIKEはバルセロナをアメリカに行かせている。構図的にはロナウジーニョvsベッカムか・・・。

水もしたたるいい男

 それにしても良く降る。弱い雨ならともかく、ずっと同じ強さでこの調子で降ることは珍しい。僕は雨は嫌いではないけど、ここまで来ると商売にも響くから考え物だ。
 映画で言えば雨に打たれている姿は一つの見せ場である。黒澤明が「七人の侍」で雨がちゃんと写るように水に墨汁を混ぜ、降らせたのは有名な話。「雨に歌えば」というクラシックな映画もあるし、雨にはロマンチックな雰囲気があるのだ。とはいえ農家でもないかぎり生活の中での雨は面倒な存在に過ぎない。雨の嫌な思い出といえば、それは高校生の頃。自転車で家に帰っていた時に雨が降り出した。やめればいいものを、片手で傘をさし、片手でハンドルを握るという、若さ故のバカな行為を僕はしてしまった。案の定マンホールの上で滑ってしまい、チャリご転んでしまった。その時にハンドルを握った手の甲から着地してしまった。途端に激痛が走って、手を見たところ薬指と小指の第2関節の肉がキレイになくなってました。キレイに。すぐタオルを巻いて家に帰ったんだけど、その頃にはタオルは真っ赤になっいた。僕の手をしたたったのは雨ではなく、血だった・・・。今では指のその部分を見ると肉がいびつな形でくっついていて、あの時の気分を思い出します。雨の日はカッパが必須です。
 

まだ毛も生えていないのに

 最近のサッカー選手の99%は英才教育で、スラムから這い上がった選手は現代ではホトンドいない。という事を大分前に書いたけど、最近やっぱりそうなのか、と思う事があった。
 バイトから「ACミランサッカースクール チャンピオンに学ぼう」というDVDを貸してもらってみたのだが、これがビックリするぐらいに面白い。指導者向けという事も珍しいけど、あらゆる年代の練習生が出演していて、こいつらが上手い。一番ビックリは小学生低学年のガキがボールをもらって、背中でディフェンダーを背負いながらシュートをする、という練習。DFがそこまで真剣ではないんだけど、このガキ共のシュートがサイドネットにバシバシ決まるのだ。というか、サイドネットにしか当たらないのだ。毛も生えそろっていないガキのシュートがサイドネットだよ?ユニもパンツもブカブカの子供が、サイドネット・・・。シュートはそんなに強いものでもなく、ロビングみたいな感じのシュートだけど、それでもサイドネットは難しいよ。
 ちょっと大人になるとフィジカルもすごく強くなって激しい練習になるけど、基礎は10歳になる前にできあがっているんだ、ミランの英才教育では。

風をつかまえて

 犬を飼っている人なら経験あると思う。車に犬を乗せると必ず窓から顔を出して、気持ちよさそうな顔をする事ってあるよね。その理由を知りたくて色々と調べたんだけど、まったく分からない。我が家でも犬を飼っていて、案の定窓から顔をだして風を浴びるのが好きだ。その時の集中がすごくて、名前を呼んでも体を触っても全然反応しない。時には邪魔するなぐらいの勢いでため息をついたりする。
 我が家の犬は耳が長くて、コレが風になびくと鳥が滑空飛行をしているように見える。なので、我が家では「風を捕まえている」というふうに表現している。
 風を捕まえた後の我が家の犬はとてもご機嫌で、表情にでているから面白い。犬がそんなに風を感じることを好むには何かの理由があるんだろうけど、なんだろう。

LOST SECOND SEASON

 外国語というのは辞書一冊あればどうにかなるものである。長嶋的な言い方になっちゃうけど、あとは気持ちである。
 実は最近LOSTのセカンド・シーズンにハマっている。国内ではまだ発売されていないので海外のDVDを買って見ている。今までも海外のDVDを買ってはいたのだが、スペイン語字幕がついているものを選んでいた。が、このロスト・セカンドは英語字幕しかなく、どうしようかとずっと悩んでいた。が、どうしても見たいという誘惑に勝てず
「ま、どうにかなるだろ」
と思って買ってしまった。このDVDには英語字幕がついているので、それをたよりに見ている。分からない単語を辞書で探せばぜんぜん見れる。さすがに字幕がないと無理だとは思うけど、自分で思っていたよりもスムーズに理解できて、よりハマってしまっている。
外国語に触れる時に
「言っていることは分かるけど、自分ではうまく言えない」
という感覚は誰もが味わったことがあると思う。そのもどかしさはどうしようもなく歯がゆいもので、情けなさが一気に襲ってくる。実感できる未熟さというのは格好悪いもので
「絶対に言えるようになろう」
と強く思った奴が語学では伸びる。僕は英語に関しては人よりはできるかな、とは思っていたけど、今回のこのDVDを見てより自信が湧いた。目指せ英語マスター。俺は正しかった!やっぱり海外DVDを買うのだ!

最高の予告編

 近頃映画館に行くと予告編が長い事に気付く。ミニシアター系の映画館などは昔から上映前に見せる予告編の数が多かったが、最近ではシネマコンプレックスでもその傾向が見える。ま、予告編というのはCMだから、ある意味仕方がない。客に「見たい」と思わせる力は一番だし、うまく行けば帰りに前売り券が売れるかも知れない。
 先日シャラマンの「レディ・イン・ザ・ウォーター」を見に行ったんだけど、やっぱり予告編の数が多かった。いい加減うんざりして早く始まらないかなあ、なんて考え出した頃に場内が暗くなり、スクリーンのカーテンが一杯も開いていよいよ上映が始まった。と思ったら、もう一本予告編があった。最近ではこの
「映画が始まる直前に一番のオススメ映画予告編を本編と同じスケールでみせる」
手法が多い。誰もが「いよいよだ」、と思い座りな直す時にもう一本予告編をみせる、これが効果的なのだ。が、僕は本当にうんざりして「またかよ〜」なんて思って見ていたら、これがとても面白い予告編で恥ずかしながらも声をだして笑ってしまった。
コレがそう。Happy FeetというCG映画なんだけど、予告編を見てもどんな映画か全く分からない。分からないけど、とりあえず見てみたい!と強く思ってしまったのだ。みんなも見て下さい。

顔見知り

 僕らの試合で撮った8ミリテープをDVDにしてくれる店に今日も行って来た。ここの所毎週のようにDVDを作っているからもはやちょっとした顔見知りになっていて、最近は色々とアドバイスを頂いている。その店の店主を愛情を込めて「オヤジさん」と呼びたいと思う。
 テープを持っていった2回目ぐらいからは
「標準で撮ってください」と言われ
今日は
「テープを一回止めてからまた撮りたい時は、テープを巻き戻したりして見ないで、止めた所からまた撮るようにしてください」
と言われた。
昨日は2試合をこなしたので、1試合めと2試合めの間にテープをいじってしまったみたいで、2試合めの最初の2分の映像が乱れているらしい。昨日の夕方にオヤジさんから電話をもらって、
「映像の乱れあるけどどうする?」
と聞かれたので、そのままお願いする事にした。(実際見てみたら1分ぐらいなので、全然見れた)
 で、今日そのテープを取りに言ったときに、先ほどの
「テープを一回止めてからまた撮りたい時は、テープを巻き戻したりして見ないで、止めた所からまた撮るようにしてください」
の後に、
「なんでだろうと思って調べたらさ、先週の試合の上に撮っているから映像が乱れてるんだよね〜」
と言われてしまった。つまり、オヤジさんは俺らの先週の市リーグのMILKY戦を覚えたいたのだ!。おいおい、その内
「守り方がなってないよ」
なんて言われそうな気がして怖い・・・。
 金を払いながら、
「テープがダメになっているからもう変えた方がいいよ。それから80分のテープで標準で撮った方がいいよ」
なんて言われる俺。とりあえず80分のテープを買っておきました・・・。

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