スポーツの力

 ここに来て「スポーツの力」に対する評価が高くなっていて、楽天やベガルタのがんばりに皆勇気をもらっている、みたいな話を良く聞く。まあ、ここに来てという事はなく、スポーツの力は常に特別なものだから当たり前だと思うけど、
「こういう時だからこそ」
ということは良く理解できる。前にも書いたけど、こういう時だからこそ野球選手は野球を、サッカー選手はサッカーをするべきで、選ばれた人たちにしかできない
「特別な何かである」
ってところに価値があるんだよね。スポーツには日常の苦しみを一瞬でも忘れさせれくれる力は本当にあると思うし、歴史上にそういう場面はたくさんあったハズである。全身全霊を本気で捧げた人たちにしか起こしえない奇跡だってあるし、それを目の当たりにした時の感動は心に刻まれる。
 ただ、これは個人が思い気づくことで、
「口に出したら」
「大きく宣伝してしまったら」
終わりなんじゃないか?とも思っていて、今のこの流れはちょっとおかしいなあと思う。選手達の思いや、見る側の思いを代弁してもらう必要もなければ広げてもらう必要はなく、個人が感じるべきもので、多数の人が共有する必要もないと思うんだよね。昨日のテレビではベガルタの選手が「希望になりたい」と言っていたのを見て、すごい覚悟で立派な人だなーと思いながらも、なんだかおかしいなあ、とも思った。
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