お別れ

 今日、ずっと愛用していたゴールドのASICS カルチェットとお別れしました。破れや磨耗があったわけじゃないが、全体的に伸びてしまって、紐をきつく締めてもシューズの中で足が遊んでしまうぐらいになっていた。足首に不安が満載な僕なので、ここは泣く泣く処分しました。あまりにも好きだったので、同じのモデルを2足続けて履きつぶしたフットサルシューズでは初めて。今日2代目にお別れをしたわけだけど、実はsasakiさんから譲ってもらったものなんだよね。自分用にストックしていたものを、僕があまりにも
「どこかにないですかね〜」
なんてうるさいものだから譲ってもらったのである。まことに感謝です。その後継を今探しているんだけどピンと来るものはまだ無く、あれこれと調べている。
 それにしてもシューズとの別れは寂しいものである。ちょっと前にもDANNERブーツとの別れを書いたけど、あの時もとても寂しかった。長年使うものだから情が移るというか、特別な何かが生まれるのは僕だけじゃないだろう、多分・・・。(みんなもそうだよね?)ウェア類は誰かに上げることが出来るけど、シューズは流石にそうは行かないしね。

 まあ、今回のカルチェットは怪我をした時の苦しみとその後の長いリハビリを支えてくれたシューズだっただけに、特別な感じがあったけど。
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舌は敏感である

 歯医者などで歯を削るときに麻酔をするんだけど、僕は人よりも麻酔の効きが遅いらしいです。それが骨が丈夫だからですよ、なんて言われたんだけど得をしているのかどうか、微妙なところです。麻酔をかけられた後でも削られる一発目は絶対に痛いのかな、なんて今まで思っていたんだけど、そうではなく、ただ
「人より麻酔が効くのが遅いから痛い思いをしている」
ってことだったらしいです。はあ。

 胃とじん帯以外は丈夫な僕です。前にも書いたけど、心臓だって人より心拍数が少ないと言われました。しかし、歯だけはどうもダメです。毎日食後は必ず、間食をした後でも必ず磨いているんだけど、それでも虫歯が出来てしまいます。父も歯で苦労しているので、多分遺伝だろう。世の中には日に1回しか磨いていないのに虫歯になったことがない人がいることを思うと、なんとも不公平な世の中である。
 
 今日、歯医者で治療した虫歯の詰め物をつけてもらった。歯医者はもう慣れっこなので恐怖や緊張はもう感じないんだけど、つけてもらった新しい詰め物の高さがイマイチ低い感じがして今も舌先でずっと触っている。鏡で見ると高さも角度も完璧で、逆の歯ともそっくりに出来ていて、昔からそこにありました!ぐらいに綺麗に収まっている。間違いない仕事で、おそらく慣れの問題だろう。
 僕だけじゃないと思うんだけど、舌の感覚ってすごく鋭敏だよね。口内炎を舌で触るとすごく大きく感じるんだけど、鏡で見ると大したことがなかったり、治療してもらった所に違和感があっても、鏡で見ると大したことなかったり。
 ポートアリーナの試合で相手キーパーに顔を蹴られた事があったけど、あの時も口の中が切れて、蹴られた直後は
「やべ、唇が取れる!」
と思ったけどトイレで見てみたら2,3センチ切れていただけだったんだよね。味覚もそうだけど、僕の舌は当てにならないな。
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夏らしいこと

 夏らしいことを何もしないまま夏が終わりそうだ。まあ、今年だけのことではなく、毎年そうだから仕方のないことだけど。というか年中フットサルしかしていないんだから、当たり前か。
 夏らしいこと言えば

・花火大会を見に行く
・花火をする
・海に行く
・海に水着姿の女性を見に行く
・水着を着る
・プールに行く
・旅行

 等など、色々あると思うけど、泳げない時点で夏の半分は捨てたようなもの。水着姿よりもきわどい裸だったらフットサルコート近辺でいくらでも晒しているけど、晒しているのは僕だけだから意味もないしね。
 というわけでこの前1人でフィジカルをやっているflrn'@8を見て、僕もなんだか火がつきました。個人参加の後に一人で筋トレをしてからダッシュをしています。周りの人たちに僕を変な目で見るけど、(引かれているのがもろにわかるんだよね)気にしないようにしている。海に行く予定はなくとも、体は作ってあります!。

 まじめな話、僕に「帰省」という概念がないから夏を特別なものとして感じないのだと思う。久しぶりに誰かに会う、地元のどこかに行く、懐かしい風景を見る、という経験がないからだろう。だからちょっと憧れるんだよね。帰省ってなんだかノスタルジックな響きだし、戻る場所があるって事も特別なことだろう。
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物欲の波

 最近なんだか、物欲バイオリズムの波が頂点に来ているようだ。時期的なものですごーく低かったり、逆にすごーく高かったりと大きく上下するんだけど、それが財布のバイオリズムと全く同期していないのが問題だったりする。こういう時はクレジットカードとパソコンを近づけない事が一番である。しかし誘惑は大きく、気づくとFCRBものやスニーカーを検索してしまっている自分がいる・・・。しかしそこは32歳の僕です。そこそこの誘惑は体験しています。そりゃあ検索と支払いの間には深い深い川を流していますよ。が、クレジットカードはそこに立派な橋をかけてくるんだよね〜。本当に。
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理屈抜き

 それにしても陸上競技ってすごい。一つの事だけのために極限まで鍛え上げられた体も美しいし、集中した表情ってのもまたいいね。ただ走っているだけという事が最高のショーになるものだから、理屈抜きに楽しい何かがあるのだろう。ま、走るのは世界中で誰もがやっている事だけに、そのすごさを身近に感じれるってのもあるよね。
 それにしてもボルトが力を抜いている様に見えるのはなぜだろう。明らかに流している時もあるけど、決勝だってなんだか流している様に見えるんだよねー。本気で走れば9秒台前半が出せるんだけど、小出しにしたいだけだったりして。
 まあ、面白いのはいいんだけど、「飛び出せ!科学くん」をお休みするほどだとは思わない。週1の楽しみを奪いやがって・・・。
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怒る時は場所を選んで欲しいものである。

 味覚が小学校で止まっているこの僕ですが、生意気にも好きなラーメン屋さんがあって、今日久しぶりに行きました。僕はラーメンに対する知識が皆無なので、きっと普通の中の普通の店だと思われます。カウンター席が10しかないそれはそれは小さい店で、スタッフ2人で回せる店なのですが、今日は狭いカウンター内に3人もいたのだ。
 明らかに店長であろう中年の男性は別として、残りの二人の男性のどれかが新人であるのだろう、と思いながら注文。いつ行っても違うスタッフがいる不思議な店なんだけど、今日いた店長は前にも見た事がある人であった。前にも書いたと思うだけど、この店長は客の前でスタッフを叱る人で、僕はそれが嫌いなのだ。厳しく指導することももちろんあると思うんだけど、この店長は明らかに
「教育をしている自分自身に酔っている」
という、とてもたちが悪い店長で、それを客が食べている前でやるわけだから本当に不愉快である。今日は新人がいるのかあ、なんだか先が思いやられるなあ、と思っていたら案の定本領発揮してしまった。
 ターゲットは名前からして中国人と思われる若い男で、彼が何かをする度にそれを大声で注意されていた。やれ餃子の台の洗い方がどうだとか、お冷やの出し方がどうだとか、それもイチイチ大声だから食べているこっちは視線をどうすればいいのか分からないのだ。
 スタッフと一緒に働く中で、色んな場面で教育をしないと時があるけど、客の前でやる必要はないと思うんだよね〜。ずっと見ていたら中国人の彼は怒られるたびに
「はい!すみません!」
と繰り返しながらも、目の奥には慣れみたいもが見えて、
「ああ、コイツ分かっていながら怒られているんだ」
って事が伺えてちょっとおかしかった。その途端、自分自身で芝居を演じてしまっている店長が哀れに見えたのだった。
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終戦記念日

 ビヨンセとキムタクの看板がある青山のあの交差点は、空襲で亡くなった人たちの遺体が置かれた場所であったらしいです。死屍累々、形も良く分からない焦げた遺体が折り重なるように積み上げられ、その血と油が消えるまでには長い時間がかかったといいます。1945年5月25日、約4400人が亡くなった「山の手空襲」のことです。今では表参道ヒルズや有名ブランドが並び、ファッションと若者文化の中心地である場所ですが、64年前には地獄の様な光景がひろがっていた事を知る人は本当に少ないでしょう。

 今日は終戦記念日。アレとアレのお陰で世の中のニュースは偏りがちですが、それでも戦争をテーマとした特番やドキュメンタリーを観る機会が増えています。誰もが良くないと知りながらも、戦争の記憶はどんどん薄れています。それも無理ありません。今の表参道を見て、過去に戦災があったことを誰が想像できるでしょう。

 なんか、こういった話って書くのも話すのも難しくて、気持ちのいい話でもないし、決して楽しくもないし、人によっては聞きたくないと思う人もいるかもしれません。僕は誰かから直接話を聞いたこともないし、このアイデンティティーのためか、戦争とその被害を身近にも感じない。ただ、戦争体験を知ることで、今自分が生きている時代の有難みを感じたり、戦争状態でないことへの幸福を再確認でき、そして現在は過去での多くの犠牲と努力によって成り立っているって事を知るだけで、感謝の気持ちを抱くことが出来る。

 戦争体験者の体験談を読んでいると、誰もが共通して
「この世界から戦争をなくしたい」
と締めの言葉として書かれています。大変な思いをし、命をつないだ人々の言葉は説得力に満ちている。その方々が今の世のあり方をどう感じているのかが気になる所。その方達が言う平和と、僕らが描く平和像は同じなのだろうか。そういう意味では僕らは平和の本当の意味を知らないと言えるだろう。
「平和の本当の意味は戦争を知る人にしかわからない」
って事はないと思うけど、当たり前にそこにあるものに価値を見出すことは難しいので、僕らに非があるわけでもないだろう。おそらく「平和」は「自由」と同じで、分割できないもの。この世界を生きる人々の中で、1人でも平和を享受しない人がいれば、誰も平和ではないって事だろう。

 まあ、こんな事ばかり考えていてもあまり健康的とはいえないが、全く考えないものどうかと思う。1年に1回でいいから、この時期にこういった事を考えるのもいいかな、と思う。
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逃避

 世の中にはどうやら夏休みという、都市伝説的な期間があるみたいである。きっとフリー・メイソンのような、世界を裏で操っている集団が考えた、
「庶民に金を消費させる」
作戦にちがいない。誰が騙されるものか!
 
 とはいえ、この時期にはやっぱり現実逃避したくなるものです。僕が行ってみたいところといえば、このブログのですごく昔に書いた

不思議な石を拾ってた配達夫が石を集めるうちに自分1人で宮殿を作っちゃった
「シュヴァルの宮殿」
世界一美しいミイラ、ロザリアが眠る
「シチリア島のカタコンベ」
インディー・ショーンズで有名な
「ヨルダンのぺトラの遺跡」
説明不要の
「スミソニアン博物館」
である。誰にでも一度は行ってみたい場所や国が一つはあるでしょう。

 学生の頃に、自分の好きな事について書き、それをみんなの前で発表するという授業があった。面白いのは、その発表を聞きながら他の生徒が無記名でコメントを書いて、終わってから先生が読み上げるという、ある意味ではちょっと怖い授業であった。無記名だから辛辣なコメントも多く、緊張が漂う時間だった。講師は日本語の世界で有名なあの臼村治子先生で、僕はこの先生が大好きであった。僕らが教わった頃は多分50台前半だったと思うんだけど、それはそれは上品で美しい言葉を使う人で、すごく厳しい人でもあった。この先生からは文法にも縛られない言葉の美しさを学んだ。もったいないので、この話はまた今度にとっておきます。

 とにかく、この授業である女子生徒が自分が大好きである「トルコ」について発表する事なった。トルコといえば歴史的にもかなり濃い話もあり、ネタはいくらでもありそうだったのだが、彼女が発表したのは「地球の歩き方」に書いてありそうな、生水は飲まない事、スリに気をつける事、夜は出歩かないこと、みたいなくだらない事ばかりであった。時間不足、準備不足であえてやっつけ仕事にしたのならまだ良かったんだけど、大まじめに意味のない詰まらない事を延々と言うものだから、僕は心底頭に来て
「オメーはガイドブックかよ」
と書いてしまいました。運良く僕の感想は読まれなかったけど、同じように思っている人はたくさんいたようであった。

 どこかに行きたいなあ、なんて思いが頭をよぎるとこのトルコの事を思い出す。あの時、彼女がいいプレゼンをしてくれたら僕もトルコに行きたくなったろうに。なんか、今思い出してもイライラしてくる。
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災害

 竜巻が起こったかと思ったら雨が続き、台風までが来襲し、豪雨の最中にかなり長い地震まで起こったりと、なんだか世紀末チックな雰囲気が続いてる昨今。豪雨は気が滅入るものではあるものの、やっぱり地震の方が何倍も怖いものである。大きな災害があった時、必ず頭に浮かぶのは
「なんで日本人の先祖たちはこの地を選んだのだろうか」
という事である。震度5クラスの地震は1ヵ月に一回は起こっているみたいだし、日本は地震大国なのである。これは今始まったことではないはずで、遥か昔から日本は地震に苦しめらてきたはずである。大きな災害も何度もあったろうし、活動を続けている火山もあるしで、その度にこの土地を捨てるという選択肢もあっただろうに、である。

 僕はこの疑問をずっと抱いていたのだが、この前TVでパレスチナ問題に関するドキュメンタリーを観ながら、ふと分かった気がした。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教で2000年もの間に取り合いをしている約束の地、エルサレムは砂漠のように荒涼とした土地なんだよね。昼間は焼けるように暑く、夜は凍えるように寒い。その土地のために今までたくさんの人達が命を落としてきたのである。それに比べ、日本の土地は緑も水も多く、農業に適した豊潤な土地である。このコントラストは僕の中でかなり激しかったんだよね。もちろん、エルサレムには僕には理解出来ない唯一無二の絶対的な価値があるのはわかっているけど。そういう意味では海も山もあり、四季があり、雨も適度に降るこの地は天国みたいなもの。理不尽な自然の力に耐える理由になり得るんだよね。
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誕生日

yuri 今日は我が家の愛犬の8歳の誕生日である。未だに初めて会った時の印象が残っているので、時間の経過に驚いている。ま、犬だから成犬になってからは変わっていないだけに、本当に不思議である。

 今飼っている犬は三代目である。最初に飼った犬はペキニーズで、二代目はその娘である。娘の方とは飼っていたというより一緒に育った、と言った方が正しいぐらいにずっと一緒にいた。出産の時からずっと見てきた犬で、今でも思い出すと時々切なくなったりする。日本に来る時に母の両親に預けたのだが、あの時の別れがあまりにも苦しくて今後ペットは絶対に飼うまい、と家族で決めたものだ。今でも車の後ろの窓からどんどん小さくなる彼女を覚えている。
 あれから時間がたち、家を買った事で家族にある種の落ち着きみたいなものが生まれ、誰からともなく犬を飼おうかという話になり、今の犬が家に来たのである。あの時の別れがみんなの心をよぎったと思うけど、犬が家に到着するとともに吹き飛んだようだ。
 良く「ペットを飼う責任」について聞く事があるけど、正直僕は一度も気にした事がない。逆に、病気する時に、死ぬときに、飼っているこっちの方が苦しむぞ、いいのか?と思ってしまう。途中で捨てる人や虐待をする心理はとうてい理解できないんだよね。
 まあ、その甲斐あって今の犬は大いに甘やかされて育ち、家庭内では
「関東一かわいい犬」
「関東一わがままな犬」
って事になっている。2冠である。みんな自分の犬について同じように思っているだろうけど。
 
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