2008/5/27 火 | 2008.05
誰かが死ぬと言うこと。
当たり前だけど、どの生き物のはいつか死ぬ。どんな不平等な人生を送っても、死だけは平等に与えられる唯一のものである。
ガキの頃からいくつかの葬式やお通夜に出席してきた。特に向こうでの葬式は棺おけに入れられた遺体を見える様にしてあって、その遺体の手を握ったりキスをする風習がある。どの死者の姿も眠っているだけで、今にも歩き出しそうで怖かった事を覚えている。
僕が思うには、葬式は残された人たちがその人の死を実感し、納得するためのものだろう。存在との繋がりを断ち切るためのものというか、「もういない」という事を理解するための儀式なのだろう。ここが興味深いところで、生きている誰もが「死を理解していない」という事になる。
今日、ワイドショーを見ていたら昨日の自殺の件をやっていた。それらしいデータや彼女が書いたブログの文章を分析したりして、あーだこーだと話をしていた。おそらく誰もが自分の中の価値観で、なぜ彼女が自殺したのかを理解したいのだろう。若くて綺麗で、前途洋々そうな女性がなぜそんな道を選んだのか、ということに納得できる答えを求めているんだよね。そんな答えがあるとは思えないけど、有名人の死に対する野次馬的な興味だけでなく、もっと本質的な何かを感じた。 考え過ぎかな。葬式の様な、意味合いを感じたけど所詮は好奇心かな。
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