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終戦記念日

 この年になると国家や家族、平和、社会の正体がなんとなく透けて見えるものである。それまでは全く考えもしなければ、気づかない内にその正体に触れていたとしても、それを理解する事は無理だったであろうと思う。これは年を取ったから賢くなったとか、物事の仕組みを理解できたとか、頭がよくなったとか、というわけではなく、それらを「特別なことである」、「大事なものである」というふうに思える様になったからである。

 今日は終戦記念日である。おそらく日本に住む誰もが例え一瞬だろうと、平和を意識する日である。戦争の記憶は年を重ねるごとに薄らいでいく中、毎年行われる平和への祈りも薄らいでいることだろう。平和というのは今では当たり前にそこにあり、いつかなくなるかも知れないものには思えないからだ。真剣に考える人は「けしからん!」と思うでしょうが、ある意味では仕方のないことでもあると思う。
 だって、平和って何だろう?戦争がない状態?そうだとすれば悲惨な事件が相次ぐ今の社会は平和とよべるのだろうか。論理的に理解できる答えがあれば是非とも教えて欲しいけど、この先はおそらく長い話だし、不勉強な僕が何かを書いては危険なのでやめておく。でも、僕が年を取ってわかったことは
「家族がみんな健康で幸せであればいいな」
「社会は秩序正しく機能する世界であればいいな」
「国が国民を第一に考える国家であればいいな」
と思える心が自分の中で育つ事である。これって全然甘いし、ただの願望であって全く行動に繋がっていなくて大人とは思えないけど、おそらくスタート地点であると思う。

 終戦を境に生まれた「平和」は今僕らに託されていて、僕らもいつか次の世代にこのバトンを渡さなければいけないという責任がある。その平和もいきなり出来たものではなく、大事に大事に築き上げられ育てられたものある。僕らの何が出来るかわからないけど、享受しているこの時代の有難みだけは理解しておくべきだろうな、と思う今日このごろである。

posted by @6 : 19:38

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