< 2007年1月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >

迷宮入り犯罪史A グリコ森永事件

 1984年3月18日午後9時3半、江崎グリコの江崎勝久社長が、兵庫県西宮市の自宅に侵入してきた3人の男に全裸のまま誘拐された(入浴中だった)。身代金10億円と金塊100kgをヘリコプターからばら撒くよう要求されるが、3日後の3月21日に警察に保護された。監禁されていた小屋から自力で抜け出したとされる。事件は収まったかに思えたが、4月7日に犯人グループは、「かい人21面相」と名乗り、「けいさつの あほども え」との書き出しで始まる脅迫状を新聞社に送りつけた。脅迫状には「青酸ソーダ入りのグリコ製品を置いた」とあり、その予告どおり、江崎社長の自宅がある兵庫県西宮市内のコンビニから「どくいり きけん たべたら しぬで かい人21面相」と書かれた紙が張られた菓子が発見された。菓子には実際にシアン化ナトリウムがいれらていた。防犯カメラに犯人と思われる「野球帽の男」が映っていて、警察はその男の写真を公開したが有力な手がかりはなかった。
 その後犯人は丸大、森永、ハウス食品、不二家に脅迫状を送っており、新聞社に挑戦状とも取れる警察をバカにするような文面や、自分たちの残した遺留品の出所を教えるような文面も送っている。この事から当時のマスコミから劇場型犯罪と呼ばれた。
 1985年8月12日(日本航空123便墜落事故と同日)「もうゆるしたろ、くいもんの 会社 いびるの もお やめや・・・悪党人生 おもろいで 」
との終了宣言みたいな文面が送りつけられた。その後完全に犯人の動きがなくなり、2000年、時効を迎える。正体、動機が不明のまま。
 実は捜査の途中で警察は犯人に職質をかけながら逃しているミスも起こっている。映画さながらの展開で、マスコミをもおとりにした捜査も行われたり、カーチェイスもあったり、「24」の様な攻防戦もあった。死者、けが人、中毒者は出ることはなかったが、脅迫された会社の損害は大きく、工場を閉鎖したりした。警察側からは自殺者も出ており、当時は本当に大事件であった。結局犯人は何も得ることはなかったが、警察を通さないで会社と犯人の間で裏取引があったのでは、と言われている。
 こうなると「面白い事件」なんて言えないんだよね。この事件後30件以上の模倣犯があったけど、全員捕まっているんだよね。捕まらなかった犯人はいかにして捜査網をくぐり抜けたのか・・・。

posted by @6 : 18:49

Trackbacks

Comments

Discount Oakley Gascan | 2013/8/25 22:10

気まぐれ the blog! 迷宮入り犯罪史A グリコ森永事件

Comment Form

yesno
< 迷宮入り犯罪史 | top |